この話を聞いて、研究主任で神経学者のレアラニ・メイ・アコスタ(Lealani Mae Acosta)氏は驚きを隠せませんでした。

というのも、脳損傷で「共感覚」か「創作意欲の高まり」のいずれかが起こるケースは知っていたものの、2つの能力が同時に発現する例は聞いたことがなかったからです。

ただ担当医は事故後の症状として両者が結びついた報告は聞いたことがなかったため驚いたようですが、共感覚の持ち主がしばしば芸術性に優れている点についてはさまざまな報告があります。

たとえば共感覚を持つ芸術家としては、小説『ロリータ』で世界的に有名なロシアの作家、ウラジーミル・ナボコフが有名です。

ナボコフは文字に色がついて見えたそうで、生前、「英語のaは長い風雨に耐えた森の持つ黒々とした色で、フランス語のaはつややかな黒檀の色である」と発言しています。

他にも、詩集『悪の華』を書いた詩人ボードレール、『叫び』でおなじみの画家ムンク、ラ・カンパネラやハンガリー狂詩曲など数々の名曲を残した音楽家リストなど、偉大な芸術家の中には共感覚を持っていた人が少なくありません。

また日本では、詩人で童話作家の宮沢賢治が「音楽を聴くとその情景が見えた」そうで、共感覚の持ち主だったのではないかと言われています。

共感覚がどのように創造性と結びつくかについても、まだ詳しい理論はありませんが、複数の感覚が同時に刺激されることで、創作意欲が刺激されたり、アイデアが次々と浮かび、創作したいという欲求が高まることはありうるのかもしれません。

しかし、医師が何より驚いていた点は、両者の結びつきというより、彼が事故によって脳にポジティブな影響のみを発現させていたという点だったのでしょう。

アコスタ氏は「外傷性脳損傷(TBI)は、患者の認知機能を損なうネガティブな結果を伴うことが大半です。しかし今回は共感覚と創作意欲の強化という2つのポジティブな結果を生み出しており、極めて稀なケースです」と述べています。

創造意欲の異常な高まりも起きた
創造意欲の異常な高まりも起きた / Credit: canva