Jリーグでもルヴァン杯で同ルールが採用されたが、2021/22シーズンにルール改定が行われ、UEFA大会でのアウェイゴールルールが撤廃されると、日本も追従しこのルールは世界から消えることになる。

導入当初は「妙案」ともてはやされたが、皮肉なことに「得点を奪う」ことよりも「失点を防ぐ」ことに重きを置く傾向を促す結果となってしまった。UEFA会長のアレクサンデル・チェフェリン氏は「アウェイチームに大きなアドバンテージとなる失点を恐れるあまり、特に第1戦のホームチームに対して攻撃を思いとどまらせている。このルールのインパクトは本来の目的と逆行している」と述べた。

ルール廃止後は、アウェイチームのプレッシャーが減り、オープンな試合展開が増えた。特に第2戦で点の取り合いが増えたことが、その効果を証明しているだろう。


中田英寿 写真:Getty Images

キックイン(1993年導入、同年廃止)

FIFA(国際サッカー連盟)が実験的に導入したキックイン(試合を再開する際に用いられるスローインをキックで行う)は、フットサルやビーチサッカーでは一般的なルールだが、これを11人制サッカーで採用する試みがなされたのは、日本で開催された1993年のワールドユース(現FIFA U-17世界選手権)だった。

その狙いはサッカーをより攻撃的にするというものだったが、日本代表はじめ多くのチームが採用した戦法は、その狙いと逆行するものだった。キッカーが決まっていたことで、ボールがサイドを割る度、試合が止まってしまう時間が長くなってしまったからだ。

この大会でU-17日本代表は、小嶺忠敏監督(2022年死去)の下、イタリア代表とスコアレスドロー、メキシコ代表を2-1で下し、グループ2位で決勝トーナメント進出。決勝T1回戦でナイジェリア代表に敗れた。

後に日本代表を支えることになるMF中田英寿(当時韮崎高校)、DF松田直樹(当時前橋育英高校)、DF宮本恒靖(当時ガンバ大阪ユース)、DF戸田和幸(当時桐蔭学園高校)といったメンバーに加え、エースに君臨していたのは、グループリーグ戦3戦全てでマン・オブ・ザ・マッチに選ばれ、大会ベストイレブンにも選出されたMF財前宣之(当時読売クラブユース)。中田氏をして「天才過ぎて近付けなかった」と語るほどの活躍ぶりを見せた。