以上のように現行制度への問題意識と河野氏の提起を踏まえ、本提言では(1)基礎年金を税方式へ移行し厚生年金を賦課方式から積立方式へ転換する案(河野氏案に近い)と、(2)基礎年金を税方式へ移行し厚生年金そのものを廃止する案(公的年金はフラットな基礎年金のみに絞り、老後の所得保障の追加部分は私的年金と生活保護に委ねる自己責任型モデル)を検討します。特に後者の「厚生年金廃止」案については、イギリスやニュージーランドなど自助努力と公的最低保障に軸足を置く年金モデルの実例を参照し、その政策的実現可能性を論じます。またスウェーデンやオランダといった年金改革先進国の制度も適宜参照し、各モデルの特徴と日本への示唆を分析します。以下、背景を整理した上で海外事例を概観し、提案する改革案の内容とその財政影響、課題と対策について論じます。

海外事例に学ぶ先進的年金モデル

イギリス:ナショナル・ミニマムと自助努力の組合せ

制度の概要と改革の経緯: イギリスは従来から公的年金による老後保障を「ナショナル・ミニマム」(国家が保証する最低限の生活水準)にとどめ、上乗せ部分は企業年金や個人年金など私的年金に委ねる基本哲学をとってきました​tr.mufg.jp。1980年代以降、公的年金給付の一部を私的年金で代替する施策(付加年金部分の民間への適用除外制度導入など)を進め、結果として公的年金給付費の対GDP比を6~7%程度と先進国中でも低い水準に抑えてきたのです​tr.mufg.jp。1970年代には国民保険(保険料)拠出による定額の基礎年金(Basic State Pension)と、所得比例の国家第二年金(SERPS→S2P)という二階建て公的年金を構築しました。しかしこの二階建て制度は複雑化し、将来の年金額を国民が理解しづらい問題が生じました​dl.ndl.go.jp。そこで2000年代に入り、超党派の年金委員会(Pensions Commission)が設置され抜本改革を検討。2005年の同委員会報告書では、公的年金一階部分の給付水準引き上げ・財源の税化・支給開始年齢引上げ、二階部分の定額化(フラット化)推進等が提言され​nicmr.com、あわせて国民の自助努力を促進する新たな積立年金制度「国家年金貯蓄制度(NPSS)」の創設(被用者の自動加入、給与の8%拠出:労4%・使3%・国1%)も提案されました​nicmr.com。この提言に基づき、イギリス政府は2014年年金法を成立させ、公的年金を1978年以来の二階建てから定額一本立て(一層型)に再構築する改革を実行しました​dl.ndl.go.jp。2016年4月以降の新規年金受給者には新制度を適用し、国家第二年金とその適用除外(契約)制度、および配偶者の拠出記録に基づく派生年金を廃止して制度を簡素化しています​dl.ndl.go.jp。新たな新国家年金(New State Pension)の水準は旧基礎年金より高く、従来の最低保障(月額保証額)が上回る水準(=課税対象ながら年金クレジット[年金所得補足給付]に頼らずとも生活できる額)に設定されました​dl.ndl.go.jp。これにより多くの国民にとって将来の公的年金受給額が明確化され、自助による老後準備を計画立てやすくなる効果が期待されています​dl.ndl.go.jp。改革のもう一つの柱として、職場を通じた私的年金への自動加入(Auto-Enrolment)制度が2012年より段階的に導入されました。これは一定収入以上の22~州定年齢未満の被用者を企業が自動的に職場年金へ加入させ、従業員が望む場合のみオプトアウト(加入拒否)できる仕組みです​commonslibrary.parliament.uk。拠出水準も段階的に引き上げられ、2019年以降は労使合計で賃金の8%(事業主3%、従業員5%〈税控除込み〉)が積み立てられています​commonslibrary.parliament.uk。この施策により低調だった職場年金加入率は劇的に改善し、確定拠出型の企業年金加入者数は2011年の約90万人から2019年には1,060万人へと10倍に増加しました​commonslibrary.parliament.uk。自動加入は「静かな成功」と評価され、将来の自助努力を下支えする仕組みとして定着しています​commonslibrary.parliament.uk。