どうしてそんなことが起きるかというと、「歴史」の存在を、正しく信じているから、だと思う。

正しく信じるとは難しげに言うと、歴史が持つ①被拘束性と相対性とを同時に把握する、ということになる。もうちょいかみ砕くと、②影響力を認めつつも「決定論」には陥らない、的な感じだ。

かつてのマルクス史学が典型だけど、階級闘争が歴史を動かすことに決まっている! と断定しちゃうと、まちがえる。欧米ないし西側で、かつてソ連と対峙したリベラリズムも同じことで、自由と民主主義は拡大してゆくに決まっている! と思い込んだ結果、いまその誤りが露呈しつつある。

一方、だからといって歴史なんてなんの拘束力もない、俺らは好き勝手やり放題できるんだうおおおおNew Normal! と思い込んでも、まちがえる。ちょうど、本人は自分の意志ですべてを決めたつもりでいても、実は過去のトラウマ(歴史)からの影響を無意識に受けているのと同じだ。

WW1・WW2・Cold Warと三戦全勝で世界の覇者になったアメリカは、文字どおり「なんでも好き放題できる国」に見えた。近年はAlt-rightからIT・AI未来主義まで、「過去なんて忘れちまえ!」と唱える思想も人気で、実際に政治を動かしてきた。

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だけどそうして驕っていると、どこかで躓きが起きて、原因を振り返ったときに「やっぱり歴史に拘束されていた」と気づく。世界戦争を通じて、ダントツの国力(たとえばマーシャル・プラン)で欧と米を一体化させたつもりでいても、いつか「……あの~、そのふたつ歴史的には別ですよね」と、現実からツッコミが入るわけだ。