異なる観測手法で得られるこれらの値の“ばらつき”は、統計的にも有意であり、「5シグマ(標準偏差)」と呼ばれるレベル、つまり偶然にこうした差が出る確率は極めて低いとされています。ここでの「シグマ」とは、たくさんの観測結果の中で、どれだけ値にばらつきがあるかを示す目安です。
このハッブル定数のズレは、初期宇宙(CMB)と現在の宇宙(超新星)の膨張率が異なっているという「時間的な違い」を意味するだけでなく、宇宙の“遠く”(辺境)と“近く”(近傍)で観測される膨張の様子が異なるという、「空間的な広がり」におけるズレも示唆しています。
なぜなら、私たちが宇宙を観測するときは、光の速度に限界があるため、遠くを見るほど昔の宇宙の姿を見ていることになるからです。つまり、「遠い=過去」「近い=現在」という観測の性質上、空間的な広がりはそのまま時間的な深さと重なっているのです。
この“観測のズレ”を「ハッブル・テンション(Hubble tension)」と呼びます。直訳では「ハッブル定数の緊張」となってしまいますが、実際には「異なる観測により得られた膨張速度の不一致」を意味する専門用語です。
この問題に対して、これまでにも多くの仮説が提案されてきました。
たとえば、ダークエネルギーの性質を変更する理論、新しい未知の粒子(ダークフォトン)を仮定するモデルなどがありますが、いずれも現行の標準宇宙モデル(ΛCDM)との整合性に課題があり、決定的な解決には至っていません。
この問題に対して、今回の研究者の1人ハワイ大学のサプディ氏は、「星も銀河も、ブラックホールもすべて回っているなら、宇宙全体も回っているのではないか?」と考えたのだと言います。
ハッブル定数のズレという問題に対して宇宙そのものにわずかな「回転」を導入することで整合を図るというのは、これまでにない視点からのアプローチです。