そして二つ目が、ワクチンの“オフターゲット効果”と呼ばれる仕組みです。
これは「本来の標的病原体を抑えるだけでなく、免疫そのものを幅広く調整してくれるかもしれない」という考え方を指します。
生ワクチン(弱毒化されたウイルスを使うワクチン)は特に、免疫細胞をトレーニングするような働きを持ち、結果的に多様な感染症や炎症反応を“落ち着かせる”可能性があります。
脳は微細な炎症でもダメージを受けやすい臓器なので、もしワクチンが全身の炎症を減らす方向に働くとすれば、それが脳にもプラスに働くという筋書きが成り立ちます。
さらに、今回の分析によると、特に女性で効果が大きかったという興味深い傾向がうかがえます。
実は、男女で免疫の働き方が違うというのは、他のワクチン研究でもしばしば指摘されてきました。
女性のほうがワクチンに対して強い免疫応答を示しやすい、というデータもあるので、それが今回の結果に表れた可能性があります。
一方で男性の場合は効果の幅がやや小さいように見えるため、そのメカニズムはまだはっきりしていません。
ホルモンの影響なのか、生活習慣の違いなのか、追加の研究が待たれるところです。
もちろん、この研究がすべての疑問を解消したわけではありません。
たとえば「帯状疱疹ワクチンの効果はどのくらいの期間続くのか」「新しいタイプのワクチンでも同じ効果が期待できるのか」「男性と女性で差があるのはなぜか」など、検証すべき課題は多く残されています。
しかも、この自然実験はウェールズやイングランドといった特定の地域でのデータに依拠しており、他の国や異なる人種・生活環境で同じ結果が得られるかどうかは、今後の追試や研究にかかっています。
それでも、この結果が与える衝撃は小さくありません。
認知症に対しては、いまだ決定的な予防法や治療法が確立されていない状況です。
ところが今回、「すでに多くの高齢者にとってなじみのある帯状疱疹ワクチンが、もしかしたら認知症リスクを相対的に20%ほど下げるかもしれない」という見通しが示されたのです。