ところがこの実験では、粒子が境界に集まるにつれて張力が増大しているように見えるのです。

まるで「熱力学の法則を破ったかのようだ」と研究者たちが口をそろえるのも無理はありません。

従来の理解では、粒子の界面吸着によって自由エネルギーは下がり、界面張力も落ちるはずでしたから、真逆の現象が起きているとも言えます。

さらに研究者たちは、磁性粒子と非磁性粒子(シリカ粒子)を混合する実験も行いました。

磁性粒子だけの場合だと、かき混ぜていったんバラバラになった液体の塊が、すぐ大きな一塊に集まって再びギリシアの壺を形作ります。

しかしそこにシリカ粒子を加えてやると、今度は境界面にある粒子のネットワークが詰まってしまい、逆に“エマルジョンが長期安定する”結果が得られました。

つまり、「粒子同士の結合が強すぎると液体が大きな塊に戻り、隙間を埋める粒子が混ざると液滴どうしが合体できなくなる」という、これまであまり聞いたことのない状態が起きているわけです。

磁性粒子が織りなす“自在に変形して大きな塊へ戻るネットワーク”と、非磁性粒子が入り込むことで“むしろ細かい液滴を維持する”仕組みが、同じ系の中で競い合っている様子が浮き彫りになりました。

ではなぜ“界面張力が高くなっているのに、混ざり合ったような状態が保たれている”のか。

直感的に考えると、界面張力が高いほど油と水はかえってはっきり分離しそうなものです。

しかし、この実験系では“磁性粒子による強力な引き合いとネットワーク形成”という、普通の粒子とは次元が違う相互作用が働いているため、境界全体のエネルギーバランスが通常の教科書的シナリオから外れてしまうと推測されています。 

粒子同士が強く結びつくことで界面を堅牢にしつつ、同時に微妙な隙間を保つことで液体どうしが再融合しやすい経路を確保しているのかもしれません。

見た目には「張力が上がるのにあまり分離しきらない」という不思議な混ざり具合が生まれ、その結果、“壺”のような美しい形が、何度壊されても安定的に戻ってくるのです。