【大町桂月(1869年生)は詩人、歌人、随筆家、評論家で、かつて称好塾に籍を置き、「回想本」に「史伝・杉浦重剛」を寄せている。なお、ここで所功氏は『後藤(新平)伯伝』と補足しているが、大町の著書は『伯爵後藤象二郎: 伝記』なので、正しくは『後藤(象二郎)伯伝』】

26日 第十三回「戌年」御進講。東郷、浜尾、小笠原、亀井諸氏、参会。

27日 今井清彦氏送別会に於て、種々参考の材料を依托し得る好機を得たり。

28日 国学院に於て、石川岩吉氏より参考資料を得たり。且一二の書籍借用。夜、中村氏と商量す。

29日 第十四回目には『教育勅語』捧読。殿下を御始め、出仕共に捧読。東郷、浜尾、山根、白鳥、小笠原、亀井諸氏、参会。夜、中央報徳会に出席。中島力造に約する所あり。植木(直一郎)氏より材料の一部、供給あり。

【中島力造(1858年生)は福知山の藩校惇明館から同志社に学び、エール大学に留学帰国後、東大教授となった倫理学者。加藤弘之らの進化論を批判した】

30日 帝国教育会勅語捧読式に赴き、参考資料を得。更に、一高興行風会に赴く。植木氏より材料を得。 31日 草案一読。中島力造氏より著書寄贈。

11月

1日 光雲寺に於て、深井虎蔵、猪狩、中村三氏と商量す。

2日 第十五回「御謚」御進講。浜尾、小笠原、亀井諸氏、参列。夜、中村氏と勅語の研究。

3日 第十六回に付、猪狩、永原、山田、石川諸氏と商量。渡部董之介氏より『小学校修身』を寄せらる。

4日 永原氏、『祖宗考』提供。更に山田、猪狩、石川、中村氏と商量す。

5日 第十六回「(教育)勅語の第一節」御進講。東郷、浜尾、入江、白鳥、小笠原、亀井、其他二三氏、参列。夕、西沢氏招待会。

6日 猪狩氏より原稿提供。中村氏を訪ひ、原稿の修正を托す。

7日 参殿。会議に列す。猪狩氏と商量。『日本蒙求』を読む。

8日 光雲寺に於て、猪狩、中村両氏と商量す。靖国神社に詣ず。

9日 猪狩氏と商量。第十七回「好学」御進講。東郷、浜尾、小笠原、其他二三氏、参列。