8/9日 猪狩、石川、永原、中村氏と商量す。
10日 参殿。第二十四回(教育勅語か)御進講。山根、入江、小笠原、亀井諸氏、参列。
11日 猪狩氏と商量し、夜、猶準備に従事す。
12日 参殿。会議。御成績を報告す。夜、中村氏と商量す。入江侍従長と談ず。
13日 浜尾氏の病気を訪問す。和田信二郎氏に質す所あり。『皇室要覧』の再版を恵まる。午後、川面の古典攻究発会式に赴く。
14日 参殿。第二十五回(明智か)御進講。東郷、小笠原、亀井の諸氏、参列。夕刻、西村豊氏の浅野長直等の談を聞く。 16日 夜、中村氏と商量。
17日 参殿。第二十六回(教育勅語か)御進講。東郷、小笠原、山根、亀井の諸氏、参列。本学期且本年最終の御進講なり。 18日、中村氏に整理を托す。
19日 参殿。本学期終業式に列す。御下賜あり。東郷・浜尾両氏へ挨拶に行く。
20日 光雲寺に於て、猪狩・中村両氏と共に、来学年即ち四月以降の御進講の方針を定む。
21日 青戸氏より御即位式(未成年皇太子の参列)に関する調査書を受領す。
22日 御進講草案清書、二回分成る。皇后陛下より御下賜品あり。
23日 参内。御下賜品の御礼申上げる。
24日 入江氏を訪ふ。沼津臨時出張の命あり。夜、中村氏と商量。入江氏に書簡を送る。
31日 入江氏へ一書を贈り、これを本年最後の致誠とす。君ならで誰に語らん埋火の底にこがるる我思をば
「沼津臨時出張の命あり」とあるのは、1月から3月までの冬期の進講が沼津御用邸の御学問所で行われたことによる。東郷総裁以下、幹事や将官を除く御用掛は毎週沼津に通った。杉浦は東郷と同じ宿舎「三島館」に8畳・4畳・3畳の三間を得、前日から一泊して東郷総裁と種々打ち解けた話をし、翌午前中に進講を終えて午後に帰京するのを習いとした。
この日以降、二十七回目から三十四回目までの進講前後の「日誌」を見ると、前日に「沼津御用邸東付属邸に於て、御始業式後挙行」に参列した二十七回を除いて、須らくその前日の「日誌」が欠けている。これは前述の通り、前日から沼津に赴いて一泊したから、と推察される。