11日 光雲寺に於て、青戸・猪狩・中村諸氏と商量す。
12日 参殿。第九回「水」御進講。東郷、浜尾、小笠原諸氏、立会。此日、新御学問所に於て、初めて進講す。土屋侍従より参考談あり。
ここで筆者は、初回から5カ月間、御学問所ではなく東宮御所の別の場所で御進講していたことを知るのだが、それは他の参考文献で触れられていなかったからである。杉浦は12日の進講の冒頭でこう述べている。
御学問所の新築落成せられたる日の最初の時間に、御進講申し上ぐることは、深く光栄とするところなり。今や秋半ばにして、燈火親しむべきの候、最も御学問に御精励あらせらるべき好季節なり。想起すれば、今より四十二年前開成学校学生たりし時、明治天皇の御臨幸あり。其の際他の学生数人と共に理化学の実験を天覧に供し奉りしことあり。当時陛下は御年若く御在(おは)したけれども、泰然たる威容の自から備はらせ給ひたるは、今猶ほ歴々として目に在り。今日新御学問所に於て殿下に咫尺(しせき)奉りて、御進講申すにつきて、転(うた)た追懐の情に堪へざるものありて存するなり。
13日 第十回準備。猪狩・永原・青戸・桝本諸氏と商量す。 14日 第十回に関し、更に準備。
15日 参殿。第十回「富士山」御進講。浜尾、白鳥、小笠原氏、立会。(浜尾氏より注意あり)
16日 第十一回の準備。内務省地方局編纂書、参考。
18日 光雲寺に於て、青戸・猪狩・中村三氏と商量す。
19日 参殿。第十一回「相撲」御進講。東郷、浜尾、小笠原氏、其他両三氏、立会。
20日 第十二回に関し、猪狩・石川両氏と商量す。『中朝事実』『十八史略』等参考。
21日 同上。山田新一郎氏と商量し、広池氏著書(『伊勢神宮』か)参考。
22日 参殿。第十二回「鏡」御進講。浜尾、白鳥、山根、小笠原、亀井諸氏、参会。
24日 参殿。会議。「史学雑誌」借用。
25日 光雲寺に於て、猪狩・中村両氏と商量す。第十三回及び今後方針を略定す。桂月(大町芳衛)著の『後藤(新平)伯伝』を岩崎男(爵)より贈らる。