ー浦和レッズ時代の2016年には、ルヴァンカップで得点王に輝いたほかAFCチャンピオンズリーグで優勝も経験されています。振り返って、どんなシーズンでしたか?

高木:(浦和に在籍して)1年目は途中出場が多い状況だったんですけど、2年目のこの年は最初はベンチにも入れない状態が続いていました。日本代表選手が代表ウィークで離脱した時に、普段のリーグ戦でサブにまわっている選手がルヴァンカップに出られるという状況だったんですが、ルヴァンカップで得点を重ねてからリーグ戦でもスタメン出場できるようになったので、それを機に自分の立ち位置が変わり、自分個人としてもプロキャリアで初めてタイトル獲得に貢献することが出来たなという手応えを感じたシーズンでした。


セレッソ大阪 サポーター 写真:Getty Images

セレッソ大阪時代に得た学び

ーセレッソ大阪時代は清武弘嗣選手や山口蛍選手、今年現役を引退した柿谷曜一朗氏のような代表クラスが揃っている中で活躍され、FUJI XEROX SUPER CUP(※)では決勝点でチームを優勝に導きました。怪我で苦しんだ中でも結果を残した時期から学んだことはありますか?

高木:セレッソに移籍した初年度、最初は怪我無く過ごせていたんですけど1年目の2018年が終わるころから色々な部分を怪我するようになって。最初に(腰椎)椎間板ヘルニアを発症してから1年半くらいは(ヘルニアを)引きずった状態でプレーしていました。身体を色々庇いながらプレーを続けていたので、その影響はあったのかなと思いますね。

その後、2020年に手術して完治するところまでは持っていけました。振り返るとセレッソ時代は食事や睡眠などに向きあえていなかったのかなと今となっては思います。逆に、怪我をしたからこそ「私生活を見直さないといけないな」と思った時期だったのかなと。