だが変化を深刻に捉えていた人は少なかったのではないか。また真剣に考えなかったので、変化が何をもたらすか理解できなくて当然だった。

この年、東京スカイツリーが着工されている。東京タワーも模様替えをしたほか、石井幹子デザインのライトアップを始めた。展望台から東京を見下ろすと、足元の芝公園で『ザ・プリンス パークタワー東京』の工事が始まっていて、すぐ横にある桜田通りは以前同様に渋滞していた。

このほかにも都内で様々な再開発計画が準備段階であったり始動しており、2年後には六本木ヒルズが起工。レインボーブリッジの通行が始まって5年、東京湾アクアラインは前年に開通しているといった華々しい話題に満ちていたのだ。

だが、それまで年間おおむね2万5千人以下だった自殺者が、1998年に3万人台へ一挙に増加して、この状態が2011年まで続いた。またセクハラや不登校や引きこもりが問題になり始めていた。だがそれでも人々は、あれはあれこれはこれだった。

東京タワーを見物していた15歳の修学旅行生たちは、いま42歳のはずで就職氷河期世代の末尾世代になるのではないか。そして彼らの青春期から青年期は、前述のように華やかな再開発事業があったいっぽうで正規雇用が壊滅状態になり、可処分所得も減り、自殺者だけは減らない時代で、二十代半ばでリーマン・ショックを経験することになった。

修学旅行の中学3年生が彼らの時代となる21世紀を予測できなくて当然だった。でも彼らを社会へ送り出した大人たちまで、過酷な時代が続くとは夢にも思わなかったと言って許されるはずがない。

スナップ撮影のきっかけとなった元信者の女性と再会して当時を振り返ったのは、安倍晋三氏が暗殺され旧統一教会追及が苛烈さを増した2022年の夏の終わりだった。

彼女が語る20余年は一つひとつの言葉が複雑な感情から激しくほとばしり、洞察はどこまでも冷徹だった。元信者というだけであまりに世間からつまはじきにされたため、東京タワーの展望台から下界を見下ろすように世の中と自分の人生を観察するほかなかったのかもしれない。