第一次世界大戦は三国同盟(ドイツ、オーストリア、イタリア)と三国協商(イギリス、フランス、ロシア)の対立を背景として、1914年のサラエボ事件(ボスニア・ヘルツェゴビナ州の州都サラエボでオーストリアの皇位継承者であるフランツ・フェルディナント大公が暗殺された事件)を契機として戦争が勃発した。

この戦争は欧州各国のみならず、世界を巻き込んだ大規模な戦争に発展し、航空機、機関銃、戦車などの近代的兵器が登場するなど、被害者は、過去の戦争を大きく上回った。各国は戦争遂行のために行政機関を強化し、徴兵制度や国民総動員体制を導入して、軍需品の生産を優先した資源の配分を戦略的に行った。戦争は長期化し、世界初の総力戦が展開された。

第二次世界大戦は第一次世界大戦の硝煙がまだ冷めやらぬ1939年、ドイツのポーランド侵攻を皮切りに始まった。原因は世界大恐慌による経済混乱とブロック経済、ドイツにおけるヒットラー政権の台頭だった。戦争は世界に飛び火し、主に米英ソを中心とする連合国と日独伊を中心とする枢軸国の二手に分かれて争った。

欧州各国は戦争遂行のために行政を再編成し、国民徴用令や国家総動員法を制定した。例えば、フランスでは500万人を超える兵士を動員し、100億ドル(約1兆4,900億円)以上の戦費を調達した。イギリスでは国防費をGDPの37%まで引き上げ、戦時経済体制を確立して、生活必需品の統制や物資の配給制度を導入した。また日本でも国家総動員法に基づき、国民生活の隅々まで統制が行われた。

戦争は再び総力戦となり、兵士のみならず、民間人の犠牲が急増し、6,000万人~8,000万人が犠牲となった。現代でも通用する大量破壊兵器の原子爆弾が開発され、1945年に日本が降伏するまで続いた。

欧州各国の戦時体制の影響

欧州連合(EU)は2025年3月6日、「再軍備計画」推進で大筋合意した。国防予算積み増しを可能にするため各国で財政規律に関するルールを緩和するほか、1,500億ユーロ(約24兆円)の資金供給の枠組みを創設する。