しかしメディアで見られる記事のように、論旨として、35年前の1991年「湾岸戦争シンドローム」を参照する、というのは、いただけない。古すぎるし、まるで無関係な事例である。いくら日本が少子高齢化で平均年齢が異様に高い国だからといって、これでは真面目な政策論にならない。

そもそもウクライナ政府の要請にしたがって派遣される諸国の兵力は、通常われわれが用いる「平和維持活動」ではない。

有名な国連文書『平和への課題』の定義では、「平和維持」とは、「関係する全ての当事者の同意に基づいて, 通常は国連軍事要員と(又は)警察要員を含み、しばしば文民も含むような現場での国連の展開」である。

日本の外務省を参照すれば、平和維持の定義は次のようなものだと示されている。

「伝統的には、国連が紛争当事者の間に立って、停戦や軍の撤退の監視等を行うことにより事態の沈静化や紛争の再発防止を図り、紛争当事者による対話を通じた紛争解決を支援することを目的とした活動」

国連平和維持局が2008年に公刊して現在でも権威的に参照される『United Nations Peacekeeping Operations: Principles and Guidelines』(いわゆる『Capstone Doctrine』)は、平和維持活動の三原則として、紛争当事者の同意、不偏不党性(impartiality)、任務(mandate)遂行以外の武力の不行使、をあげている。

イギリスのスターマー首相が語っている「平和維持軍」には、「国連」も「紛争当事者の同意」も「不偏不党性/中立性(neutrality)」も安保理が授権する「任務」も何もない。ただフワッと「平和のために活動する」のような決意表明があるだけだろう。サンダーバード軍のようなものでも何であれ、皆「平和維持軍だ」という発想のようだ。

これは従来の国際的な「平和維持」概念の使用から大きく逸脱している。事実として、スターマー首相が、実務家級の検討を命じたところ、まずもって概念構成のところに苦情が出てきたようだ。