日本経済新聞は一連の主張を「最適関税理論」に絡めて紹介する。特に米ドル高が関税の影響をオフセットするくだりで名指しされた大統領経済諮問委員会(CEA)委員長スティーブン・ミラン氏がハドソン・ベイ・キャピタルのシニアストラテジストとして2024年11月に公表したレポート「世界貿易システム再構築のための取扱説明書(A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System)」からも上の関税観は導き出される。
もちろんミラン氏本人もこのレポートは個人的な思考実験にすぎず、第二次トランプ政権の考えではないと述べているように、この長い取扱説明書を『我が闘争』と同様に扱うべきと言っているのではない。しかし関税の経済的影響に限って言うと、第二次トランプ政権は概ねレポート(以下「取扱説明書」の考え方に立っているように見える。
関税と最適関税理論
関税そのものの歴史は四大文明と同じくらい古い。人頭税や農業税と比較しても関税は国家の財源として稼ぎやすい手段であった。近代になっても個人所得税が導入されるまで関税の歳入としての威力は大きく、例えば1790年から1860年にかけて米国の連邦歳入のうち関税は90%を占めた。
近世の絶対主義時代では貿易黒字を維持することで正貨(金、銀)を国富として蓄積させようとする重商主義(Marcantilism)が主流になった。しかし産業革命が始まるとイギリスでは「生産力こそ国富である」とするアダム・スミスの自由放任主義やリカードの比較優位理論など自由貿易を推す理論が優勢になり、現実にイギリス政府も自由貿易を推進した。
一方、後進国であるドイツや米国ではフリードリヒ・リストやアレクサンダー・ハミルトンは幼稚産業保護論で工業化が進むまでの関税をはじめとする保護政策を擁護したことが知られる。ここまでは義務教育の範疇である。
最適関税理論(Optimal Tariff Theory)は後進国を念頭に置く保護貿易論とは逆に、価格決定力を持つほど大きな市場を持つ大国を主語とする。大国であるからこそ、関税を設定することで交易条件(terms of trade)を有利にし、自国の経済的利益を最大化できるというのである。