人間には、自分を脅かす他者の存在を不安に感じ、「同じ者どうし」だけで軋轢なく過ごしたいと願う欲求もある。
心理学や精神分析では、そうした欲望を「母性原理」に喩える。かつて母親と一体だった胎児のように、自他を区別せず、ひとつに溶けあった状態こそが気持ちいいとする発想のことだ。……
「母なる文化の国日本の兵士は強かった。しかし、それは母性原理に基づく男性の強さであり、彼らは死に急ぐことにその強さを発揮したのである」。
一蓮托生で異論は許されず、仲間とともに正しい側にいるという昂揚感さえあれば、結果が総員玉砕でもかまわない。こうした発想は確かに〝強い〟が、危機管理には向かない。
しかし当人の主観としては、まさに危機にあり不安だからこそ、そんな紐帯を求めてしまう。
34頁 強調を附し、段落を改変
真ん中の「 」は、心理学者の河合隼雄が1976年に出した『母性社会日本の病理』から引いている。河合は手塚治虫らと同じ28年の生まれで、敗戦の年に17歳。もとは高度成長後に社会問題となった、不登校児の家庭を論じるための議論が、令和のいまではネット社会の全体に当てはまる。

『母性社会日本の病理』(河合 隼雄):講談社+α文庫 製品詳細 講談社BOOK倶楽部
必ずプラス・アルファがある河合隼雄の本! 「大人の精神」に成熟できない日本人の精神病理がくっきり映しだされる!! 心理療法をしていて、最近心理的な少年、心理的な老人がふえてきた、と著者はいう。本書は、対人恐怖症や登校拒否症がなぜ急増しているのか、中年クライシスに直面したときどうすればいいのか等、日本人に起こりがちな心の...
今回の『Wedge』への寄稿では、よく聞く経済安全保障の概念に倣って「言論安全保障」の必要性を提起した。母性社会と呼ばれる日本では、危機の時ほど容易に言論が一色に染まり、それが正しいという保証はない。