一方、ヒトではニューロンが「誰(または何)」に対して反応するかをほとんど変えずに保ち、その上に文脈の違いを重ね合わせる――いわば“安定した土台”をもつ形で記憶を形成している可能性があります。

例えるならば、人間の記憶は先端を交換できるマルチビットドライバーで、コアの部分を揺るがさず、後から多様な状況や文脈に対応できる設計と言えるでしょう。

逆に、マウスなどでは環境が違うとドライバーそのものを変えるように、別の神経細胞の活動パターンを使い分けているのかもしれません。

fMRIなど大規模な脳活動を調べる研究では、文脈が変わると海馬の反応が変化するように見える報告も多くあります。

この違いは「単一ニューロンのレベルでは文脈に動じなくても、複数のニューロンが同時に活動するときの組み合わせは変わる」ことで、最終的に文脈差が生まれるためと考えられます。

また、今回の実験は難治性てんかんの患者さんが対象で、提示したストーリーも簡単なものに限られました。

より複雑な文脈や長期にわたる学習を追跡すると、さらに精密な仕組みが見えてくるでしょう。

それでも今回の結果は、「ヒトがある意味“文脈から自由”な形で概念を捉えている」可能性を示す重要な一歩となりました。

こうした特性が、高度な言語や論理思考、自己認知などを支える基盤になっているのではないでしょうか。

今後の研究の進展が、私たちの意識や記憶の根本をさらに解き明かしてくれることが期待されます。

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元論文

Lack of context modulation in human single neuron responses in the medial temporal lobe
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2024.115218

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。