逆に「人物A × 場所X」にだけ特異的に反応する細胞は、ほとんど見られませんでした。

つまりマウスやラットでは、迷路や周囲の環境がわずかに変わるだけで海馬の単一ニューロンの発火パターンが大きく変わり、別の記憶として保存されるのが一般的です。

一方で、人間は、同じ人物や同じ場所に反応する細胞がストーリーや文脈が変わってもほぼ同じ発火を維持し、文脈が違っても一貫した概念としてまとめられるように見えます。

解析の結果、「誰の記憶か」はニューロンの活動から正確に識別できるのに対し、「どのストーリーなのか」という文脈情報は判別が難しいことも判明しました。

一見して些末な違いに思えますが、これは記憶システムの根幹にかかわる違いです。

これは、脳が人物や物体といった“コア情報”をまずは文脈と切り離して符号化し、状況によって大きく変わらない形で記憶を持っている可能性を示唆します。

動物モデルのように「文脈に合わせて活動パターンを切り替える」のではなく、人間の脳では同じ出来事でも“文脈”とは切り離された核となる情報があり、新たな情報が加わってもそれを既存の概念に統合しやすい仕組みになっているのかもしれません。

そうした「文脈依存度の低い記憶」を持つことで、ヒトはより抽象的な思考や推論、言語を駆使し、自己認識といった高度な認知機能を発達させられた可能性があります。

これは「その場の文脈に強く左右される」動物の意識とは大きく異なる、人間特有の意識のあり方を示す手がかりになりそうです。

人間の記憶メカニズムは他の動物と根本的に違っていた

人間の意識の特別性を実証:人間の記憶システムは他種と根本的に異なっていた
人間の意識の特別性を実証:人間の記憶システムは他種と根本的に異なっていた / Credit:Canva

今回の発見は、ヒトの海馬や扁桃体が「人物や場所」というコア情報をまずは固定的に捉え、後から“文脈”要素を柔軟に結びつけている構造を持つことを示唆します。

マウスやラットなどの動物では、同じ細胞が環境の変化に合わせて大きく活動を変えることが珍しくありません。