しかし有罪となったのは事実で、その後は亡くなるまで軟禁生活を余儀なくされ、亡くなっても異端者として死後も名誉は回復されず、カトリック教徒として葬ることも許されませんでした。
ガリレオにカトリックの正式な埋葬許可が下りたのは1737年。亡くなった1642年から95年が経過していました。
異端審問裁判で『天文対話』は禁書になりましたが、『新科学対話』は、ガリレオの原稿が何者かによって持ち出され、オランダで勝手に印刷され(たという設定で)、再び発行されました。

オランダはプロテスタント教国でしたし、そもそもイタリア以外では、ローマ教会は強い力を持っていなかったので、他国へは「禁書目録」を送るに留まっていました。
ローマ教会でも、もう「現代の知」を止めることはできなかったのです。
ガリレオ衛星とラプラス共鳴の秘密には、ガリレオが拓いた「現代の知」が深く関わっているのでした。
この異端審問とガリレオが有罪となった裁判の見直しが始まったのは1965年のことでした。ローマ教皇パウロ6世の言及から始まったもので、ガリレオの死から323後のことです。
そして1992年、当時のローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は裁判でガリレオを有罪としたのは誤りであったことを認め、正式に謝罪しました。
ガリレオの死から350年が経過していました。ローマ教会が「地動説は異端ではない」と認めた瞬間でもありました。

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参考文献
ガリレオ衛星 天文学辞典 交易社団法人 日本天文学会
https://astro-dic.jp/galilean-satellites/
宇宙の質問箱 ガリレオ衛星とはどのようなものですか? 国立科学博物館
https://www.kahaku.go.jp/exhibitions/vm/resource/tenmon/space/jupiter/jupiter03.html
木星の衛星を探る 国立天文台
https://www.nao.ac.jp/news/blog/2022/20221206-jupiter.html
軌道共鳴 天文学辞典 交易社団法人 日本天文学会
https://astro-dic.jp/orbital-resonance/