私たちは日々の出来事を記憶し、それをもとに判断や意思決定を行います。
しかし、その記憶が必ずしも正確でないとしたらどうでしょうか?
米国の心理学者エリザベス・ロフタス(Elizabeth Loftus)博士の研究は、記憶がいかに容易に変容し、時には全くの虚偽の記憶が形成されてしまう恐ろしい事実を報告しています。
彼女の代表的な実験である「ショッピングモールで迷子になった記憶の植え付け」は、記憶の脆弱性と操作可能性を明らかにしました。
私たちは「思い出した!」と言う感覚を掴んだときその記憶を確かなものに感じます。しかし、記憶は録画のような完全な記録とは異なります。人の記憶の危うさを見ていきましょう。
目次
- 誤った証言で大量の冤罪が生まれた70年代
- 「迷子の記憶」は本当にあった?ショッピングモール実験の衝撃
誤った証言で大量の冤罪が生まれた70年代
ロフタス博士の研究が本格的に始まった背景には、誤った目撃証言による冤罪事件の増加がありました。
科学捜査が未熟な1970年代のアメリカでは、証言が唯一の証拠となることも珍しくなく、証言のみに基づいて有罪判決が下されるケースが多くありました。
しかし、証言の信憑性を疑う声は当時からありました。そのため、このような社会的背景の中でロフタス博士は記憶の信頼性に関する科学的研究に取り組んだのです。
彼女の研究で注目されたのが誤情報効果(misinformation effect)です。これは、記憶が外部情報に影響を受けることを実験的に示したものでした。
彼女の初期の研究では、交通事故の映像を被験者に見せ、その後の質問で使う言葉遣い(例:「衝突した(smashed)」vs「ぶつかった(hit)」)を変えることで、被験者の記憶がどのように変化するかを調査しました。
その結果、「衝突した」と言われたグループは、実際よりも激しい事故を目撃したと報告する傾向が見られたのです。