2002年6月、近畿大学水産研究所で、世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功した。完全養殖とは、人工ふ化させて育成した親魚から卵を採り、再び人工ふ化させるサイクルである。このクロマグロの完全養殖事業が縮小している。マルハニチロは2025年度の生産量を前年度比8割減らすほか、ニッスイや極洋など大手水産会社が撤退したと報道された。近大は養殖業者向けにさまざまな魚の稚魚を生産・販売しており、完全養殖したクロマグロの稚魚もその一つ。2010年から豊田通商と人工稚魚の生産で協業しているが、2024年の販売数は15年前の7分の1だ。完全養殖によるクロマグロの商業生産がほぼ消滅する可能性も報道されているが、実態はどうなっているのか。近大水産養殖種苗センターに取材した。

 販売量減少の理由は、採算が悪化しているからだ。近大水産養殖種苗センターの岡田貴彦センター長がこう話す。

「人工種苗が天然種苗に比べて生産率が低いとか、成長が遅れるというのが一番大きな原因で、現在豊田通商が沖縄漁場で育てるようになって改善された。しかし、今はたまたま天然種苗が豊富にあるので、人工種苗の人気がなくなった。クロマグロは商品として出荷するには最低でも40kg、そこまで大きくするには3~4年かかる。他の養殖魚は、早ければ2年とかでも成熟するので、育種なども進めやすい。クロマグロは育種のサイクルも他の魚よりも時間がかかる」

 養殖事業では、魚の育成期間の違いが事業収益性を大きく左右する。ヒラメやアユなどは1年程度、ブリは2年、サーモンは1年半から2年で出荷可能だ。マグロの完全養殖では、3~4年という育成期間中、常に複数世代を同時に飼育しなければならない。4世代を同時に在庫保有すれば生簀などの設備投資と運転資金が増え、また、台風や赤潮など自然災害リスクにさらされる期間も長くなる。

 完全養殖クロマグロが天然ものより成長が遅いとか、生産率が低いといわれるが、岡田センター長はその原因の1つはわかっているという。対策も打ち出している。

「天然クロマグロの産卵は4月くらいで、沖縄や台湾あたりで産卵する。人工種苗を作るための採卵は、だいたい6~7月だ。12月くらいを過ぎると水温が下がってくるが、そのときに天然魚であれば2~3kgになっているので、低温に対する耐性が高くなっている。人工種苗の場合はやっとその頃に1kgくらいなので、低温に非常に弱い。その時期に餌を食べなくなったり、成長も止まったりする。つまり、採卵の3か月くらいの遅れが大きく影響する。国は長崎に陸上に水槽を作って4月頃に採卵しようとしている。実際、その採卵がうまくいっている。われわれは豊田通商が沖縄に養場を構え、6月くらいに作った稚魚を沖縄に運び、水温の高いところで冬を越せば、天然に負けない生産率で養殖種苗ができるところまできている。天然の種苗は現在、日本海の方で4~5月に2~3kgの大きさでまき網で取られる。豊田通商が沖縄で育てた人工種苗は5~6kgになっているので、天然ものに負けることはないだろう」

エサ代の高騰、天然マグロの資源回復

 クロマグロの養殖では通常、生餌(サバ、イワシ、アジなど)を使うが、近年の不漁による餌料価格高騰が養殖業者の経営を直撃している。一方、近大では配合飼料を使い始めている。

「クロマグロの場合、養殖コストのうち60%以上は飼料代。ほとんどの養殖業者さんは生餌、冷凍されたサバとかアジを解凍して与えている。この価格が今は非常に上がっている。近大では2019年から完全に配合飼料化した。ドッグフードのようなペレットみたいなもので、常温保管できるし、栄養価のコントロールも可能。これで今のところ順調に育っているし、肉質も評価されている」

 養殖業者がなぜ配合飼料に置き換えないかといえば、キロ単価では配合飼料のほうが高いからだ。

「生餌は75%以上が水なので、同じ給餌をするのであれば、4分の1配合飼料をやれば重量的には合う。だから、サバの4倍の値段でも、コストは同じになる。ただ、天然種苗はなかなか食べてくれない。配合飼料は美味しそうに見えないのだろう。餌付けまでにかなり時間がかかってしまい、それまでに体重が減ったり死んだりしてしまう。人工種苗であれば、小さいときからずっと配合飼料で育てているので、何の問題もなく食べてくれる」