当時は近衛文麿内閣だが、賛成の演説では社会主義者の西尾末広議員が「ヒットラー・ムッソリーニ・スターリンの如く」強権を振るえと激励し、日本の首相をアカに喩えるなとして除名された。裏を返せば、合法的にスターリンを作ることはどこでもできる(できた)ので、ウクライナの法をめぐるトリビアなんてどうでもいい。

問題の本質は、2024年に大統領選挙を見送った決断が、政治的に賢明だったか否か、の一点だ。

戦争中の選挙延期には先例があり、ナチス・ドイツの降伏後(日本とは交戦中)に行われた1945年の英国総選挙は、5年も延ばしての実施だった。ヒトラーを破った英雄チャーチルがまさかの敗北となり、政権を労働党に譲ったことで有名だが、これからプーチンに負けそうなゼレンスキーはなおのこと、延期しても再選は難しそうに見える。

むしろ選挙には、①政権選択のほかに、②体制の正統性の調達と、③民意の表出という機能がある。大統領選挙を見送ったことで、②につけ込んでロシアが宣伝戦を強め、トランプに便乗されたことはすでに指摘した。

③について、2020年に亡くなった日本政治史の大家である坂野潤治氏は、たった1度の解散総選挙の見送りが「昭和史の決定的瞬間」になったと、示唆したことがある。2.26事件の後にできた広田弘毅内閣が、政党側の陸軍批判により倒れる際、総辞職でなく解散を選んでいたら、どうなったか。

日記で見るかぎり宇垣〔一成〕は、浜田〔国松。政友会〕らを激励して陸軍を挑発し、陸軍に押された広田首相に議会を解散させ、総選挙に現れるであろう反陸軍、反ファッショ、反増税の民意を背景に、念願の政民連立内閣の首相になることをめざしていたように思われる。