たとえば、数字の「3」を“耳の形”として捉えたり、「水」を“波打つ青いカーテン”に置き換えたりするなど、連想を膨らませるのがコツになります。
こうしてできあがった自分専用の「記憶の宮殿」は、使い込むほどに精度が増していきます。
最初は部屋が数か所しかないかもしれませんが、練習を重ねるうちに、何十もの“ステーション”(情報を置くスポット)を自在に扱えるようになるでしょう。
ラジャクマールさんが膨大な数字を驚異的な速さで覚えられるのも、彼がこの宮殿を自在に行き来し、各場所に置いた情報をパズルのように素早くたどっているからです。
“自分の得意な空間”を想像し、そこに覚えたい内容を面白いイメージとして配置する――これが記憶の宮殿の基本です。
そして、その場所を順々に歩くように思い出せば、頭の中で情報をスムーズに呼び起こせます。
単なる魔法のように思われがちですが、その裏には脳の仕組みと長い歴史に裏づけられた確かな理論があるのです。
まるで夢のような技術ですが、私たちも少しずつ練習すれば、日常生活で“忘れ物知らず”になれるかもしれません。
脳科学の視点:なぜ“記憶の宮殿”が記憶を助けるのか?

記憶の宮殿は、古くから続く記憶術でありながら、現代の脳科学においてもしっかりとした裏づけがあるとされています。
中でも注目されるのが「海馬」と呼ばれる脳の領域です。
海馬は空間認識や短期記憶、長期記憶への変換などに大きくかかわる重要な部位で、先ほど触れたとおりタツノオトシゴにたとえられる形状を持っています。
私たちが部屋の中を歩き回ったり、街を探索したりするとき、脳の中には「場所細胞(Place cells)」と呼ばれる特別な神経細胞が活発に働きます。
これらの細胞は「自分が今どこにいるのか」「どの方向を向いているのか」といった情報を脳内にマッピングしてくれるのです。