このように、磁気と熱力学が見事にバランスすることで、数ケルビンの超低温から400K以上の高温に至るまで、膨張がごくわずかに抑えられる合金がつくられるのです。

熱膨張しない金属は、温度変化による寸法変化がほとんどないため、信頼性が求められる多くの分野で革新的な応用が期待されます。

例えば、宇宙や航空分野では、極端な温度差が部品の歪みを招くリスクを大幅に低減し、人工衛星や探査機の高精度な運用が可能になります。

さらに、精密機器や計測装置では、わずかな膨張が測定精度に影響を与えるため、温度変化に左右されない部品を使用することで、より正確な動作が実現されます。

また、電子デバイスや半導体製造の工程においても、極微の寸法管理が求められるため、熱膨張が抑えられた素材は製品の歩留まりや信頼性の向上に直結します。

今後は、理論と実験の融合により、さらなる新素材の開発や応用範囲の拡大が進み、省エネルギー、軽量化、長寿命化などの持続可能な技術の実現にも寄与すると期待されます。

実際の論文やプレスリリースでは、ほかの元素との組み合わせを探ることで、広範囲な温度帯や厳しい環境下でもゼロ膨張を維持できる可能性が示唆されています。

研究がさらに進めば、私たちの身の回りでこの“熱膨張しない金属”を見かける日がくるかもしれません。

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元論文

Local chemical heterogeneity enabled superior zero thermal expansion in nonstoichiometric pyrochlore magnets
https://doi.org/10.1093/nsr/nwae462

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。