実験によって証明されたこの成果は、航空・宇宙分野や精密機器産業など、極めて高い寸法安定性が求められる分野にとって大きな転機となる可能性があります。
しかし、いったいどんな原理で熱膨張を打ち消す収縮が起きたのでしょうか?
熱膨張を打ち消す仕組み

私たちは日常的に「温度が上がると物質は膨張する」という現象を当然のように受け止めています。
しかし、一部の磁性材料では、温度上昇によってむしろ収縮に近い挙動が起こり、最終的な膨張をほぼゼロにできる場合があります。
なぜ「縮む」のかを簡単に言うと、温度上昇によって原子が振動し始める一方で、材料中の磁気秩序が崩れる際に生まれる“格子を詰める”力が働くためです。
ふつう、温度が上がると原子や分子の振動が激しくなり、互いの平均距離が広がって膨張を起こします。
一方、磁性材料の場合、原子のスピン(磁極の向き)がある程度揃って(秩序をもって)配列されているときと、秩序が崩れ始めたときとで、結晶格子の“つめ方”が変化することがあります。
とりわけ、温度上昇によるスピン秩序の乱れが、原子同士を引きつけるようなエネルギー状態をつくり出すことがあり、結果的に収縮を引き起こすのです。
今回話題となっているパイロクロア構造は、立体的に入り組んだ結晶構造の中にカゴメプレーンと呼ばれる六角形の網目が存在し、そこに微妙な磁気バランスが宿っています。
さらに、コバルト含有量にばらつきがある(局所的に不均質な)ことで、複数の“磁気サブシステム”が生まれ、それぞれが異なる温度帯で異なる力を及ぼすため、「温度上昇による通常の膨張」と「スピン秩序の乱れによる収縮」が絶妙に釣り合うのです。
イメージするなら、二本のバネが綱引きしているようなものだと考えるとわかりやすいでしょう。
一方のバネは“熱膨張”という伸びる力を、もう一方のバネは“磁気的収縮”という縮む力を担当しており、それぞれの強さやタイミングが変化しながら拮抗を保つ結果、素材全体としてはほとんど長さが変化しない状態が実現されます。