②については、トランプはイスラエル寄りながら、イスラエル・パレスチナ2国家共存のカード自体は完全には捨てておらず、第1次トランプ政権時のアブラハム合意(イスラエルと周辺アラブ諸国の融和策)の延伸と共に、2国家共存の落とし所を探っている余地も無くはない。今回の爆弾発言はその為の瀬踏みの面もあるかも知れない。

③については、中東専門家の高橋和夫氏が、Yahooニュースのコメントで、

トランプとネタニヤフ会談の焦点はイラン攻撃だったはずだ。トランプは明らかに、イランとの戦争には賛成しなかった。会談はネタニヤフにとって失敗だった。という見出しは困る。そこでガザをアメリカが所有するという「とんでも」発言が出てきた。これは、またガザの停戦交渉の第2段階にネタニヤフを進ませる援護射撃にもなる。ネタニヤフ連立内閣の超過激派に、ゆくゆくはガザのパレスチナ人を追放するのだから、ここはトランプに花を持たせて停戦交渉を進めようという議論が、ネタニヤフはできるだろう。これでイラン問題での合意はなかったとの見出しにはならない。トランプの発言に合理性を探すと、こういう解釈になるのだろうか。探しすぎかもしれないが。

と書いている。ユニークかつ着目すべき視点だ。

ところで、イスラエルの入植は歴史上初ではなく古代に次いで2回目である。モーゼがカナンの地を目指し後継者ヨシュアが入植した際も殲滅戦、民族浄化、拉致略奪は行われていた。それが旧約聖書に肯定と称賛を以て記述されており、問題視される事もある学者達の議論集タルムードだけでなくユダヤ教(それを基盤としたキリスト教、イスラム教も含め)それ自身がかなり凶暴性も含む宗教と言えるのかも知れない。

ただ、こういった事は、古代あるある、砂漠の掟あるあるだったとも言える。だが、その記述についてはストレートに解釈し時代背景を基に批判的に位置付けるべきで、現代に亡霊のように再現する事は許されない(なお、公平を期すなら性質や程度は大きく違えども、神道でもヤマトタケルの遠征には騙し討ち等は多かった)。