今回の研究は、ノルウェーのスヴァールバル諸島で入手したホッキョクグマの毛皮サンプルが大きな鍵となりました。
物理学者ボディル・ホルスト氏らのグループは、ホッキョクグマの毛皮を洗浄処理したものとしなかったもの、人間の髪の毛、そしてスキー板に使用されるフッ素系化合物コーティング(いわゆる“スキーワックス”)のサンプルを比較する実験を行いました。
研究チームはそれぞれのサンプルの上に氷を作り、氷の塊を押しのけるのに必要な力を測定し、「どれだけ氷が毛皮や表面にくっつきやすいか」を数値化しました。
その結果は驚くべきものでした。
洗っていないホッキョクグマの毛皮:氷が非常に付きにくく、市販の最高級スキー板に匹敵するほど簡単に氷を押しのけられた。
洗って油分を除去したホッキョクグマの毛皮:氷を押しのける力が4倍近く増大し、防氷効果が激減した。
人間の髪の毛:油分はあるものの、ホッキョクグマの毛皮ほどの防氷効果は示さなかった。
これらの結果から、ホッキョクグマの毛皮の最前線である「表面の油分(皮脂)」が、氷を寄せつけない最大の要因であることが確認されたのです。
そうなると気になるのが油の正体です。
いったいどんな油が凍結耐性を授けていたのでしょうか。
ホッキョクグマ皮脂の特殊性
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いったいどんな油が凍結耐性を授けていたのか?
答えを得るため、研究者たちはまず毛皮の構造を電子顕微鏡で観察し、化学的組成を分析する手法(ガスクロマトグラフィーや質量分析など)と、氷の付着力を測る物理実験を組み合わせました。
するとホッキョクグマの皮脂には、海獣によく見られるスクアレンという成分が含まれておらず、代わりに珍しい脂肪酸が多く含まれる可能性があることが示唆されたのです。
現在、動物の皮脂成分を詳しく調べる研究はあまり進んでいないため、今後さらに多角的な分析が必要だとされています。