近年のIEAが、パリ協定の目標達成、特に欧州とバイデン政権の米国が強く主張する1.5℃、2050年カーボンニュートラルに向け大きく舵を切っていることは間違いない。

第1次石油危機を契機にエネルギー安全保障を目的に設立されたIEAが、2021年に「新規の石油ガス上流投資は不要」との分析を出したときは我が目を疑った。2050年に世界がカーボンニュートラルを達成するという前提を所与のものとし、それに向けて脱化石燃料が進むという非現実的な前提に基づく計算であるが、それがIEAの「予測」として市場や投資家に影響を与えることは間違いない。

上記レポートのエグゼクティブサマリーは

「エネルギーシナリオに関する欠陥のある想定の問題点について議論することは、単なる理論上の演習ではない。IEAの分析は、何兆ドルもの投資決定だけでなく、広範囲にわたる地政学的な影響を及ぼす政府政策にも影響を与え続けている。信頼でき、手頃な価格のエネルギー供給を計画するためには世界経済と安全保障についての考慮が不可欠である。IEAは、危険なほど誤解を招く見通しを提示することで、世界をリードするエネルギー安全保障の監視機関としての長年の実績を自ら傷つけている」

と結ばれている。

このレポートが注目される理由は、執筆者がIEAで石油市場分析の責任課長を務めていたことである。彼は2016年にIEA石油産業・市場局長に就任しているので、ファティ・ビロル事務局長の下で働いていたことになる。石油産業・市場課の重要なミッションは、毎月の石油市場レポートの作成である。これは足元の石油需要と供給動向を踏まえた極めて信頼度の高い報告であり、エネルギー安全保障を目的に設立されたIEAの根幹的な業務の一つである。

短期の市場分析は、中長期の動向シナリオと無縁ではありえない。現実を踏まえた地道な市場分析をやってきたニール・アトキンソンが「2030年に石油需要がピークアウトする」という中期シナリオがIEAのメッセージとなっていることにフラストレーションをためたとしても不思議ではない。