『プーチンに勝った主婦』は、この日のリトビネンコ氏の動向を細かく追っていく。まるでドキュメンタリー番組を見るようで、ドキドキはらはらしながらページをめくった。
そこでふと、気が付いた。筆者は当時ロンドンに住んでいて、たくさんの報道に触れ、該当するitsuの店舗前も歩いていたのに、その日のリトビネンコ氏の動きを正確には知らなかった。itsuの店舗が閉まっていたので、同氏が「死に至るポロニウムを摂取したのはitsuだった」、「itsu=暗殺事件の発生場所」と思い込んでいたのである。
その後のいくつかの報道では、「死に至るポロニウムを摂取したのはitsuだった」ことを示唆するものもあったが、これはそのように思わせておくことで真実を究明しようとした捜査側の故意の仕掛けだったせいもありそうだ。
のちに明らかになるように、ミレニアム・ホテルのパイン・バーで飲んだお茶に入っていたポロニウムがリトビネンコ氏の死を招いたのである。
マリーナさんの快挙と「壁」2006年11月1日夜、リトビネンコ氏は自宅で夕食を楽しんだ後に体調が急変した。
当初はその原因が分からなかった。11月23日、リトビネンコ氏が死亡する数時間前、警察は国防省の核兵器研究所から「ポロニウムによる汚染を確認した」とする報告を受けた。
いったいなぜ、誰が放射性物質を使ってリトビネンコ氏を殺害しようとしたのか?
ロンドン警視庁はパイン・バーでリトビネンコ氏と会っていたロシア人実業家で元KGB職員のアンドレイ・ルゴボイ氏とドミトリー・コフトン氏による殺人事件として捜査を開始。英政府はルゴボイ氏を含む関係者について、英国への身柄引き渡しをロシア側に要求したが、ロシア側はこれを拒否。真相解明が難しくなった。
ここで大きく声を上げたのが、リトビネンコ氏の妻マリーナさんだ。
マリーナさんは誰が夫を殺したのか、そしてその背景を究明するため、英政府に対して独立調査委員会の設置を求めたのである。