(2)専門家に対して「なぜ」を繰り返し、質問し続けることで構造をシンプルに

 スペースXでは(1)の手法から参入したスターリンクについて、設定した目標値に専門家がなかなか到達できずにいました。具体的には衛星の大きさを10分の1にしたうえで、製造スピードが10倍のスピードにならなければ「勝てる」状態に持っていけないのです。そこでマスク氏はチームのトップ8名を更迭して、マスク氏のやり方を熟知しているメンバーを送り込みます。新しいメンバーは衛星の設計については素人ですが、専門家たちに対して「なぜ」を繰り返すことで衛星の構造をシンプルにしていきます。

 たとえばアンテナとフライトコンピュータが設計では別々の構造体になっています。理由を聞くと熱が問題で、フライトコンピュータの熱でアンテナが過熱する恐れがあるからです。ところが「なぜ分離しないと過熱するのか?」「試験データは?」と訊いていくと、必ずしも分離しなくてもいいことがわかってきます。目標はより小さい衛星を作ることなので、その目標にあわせて要件を一つひとつ物理のレベルで問い直すのです。結果として入り組んだ構造だった衛星がごくシンプルで平べったいものとなり、製造コストは一桁安くなりました。

 それで完成かと思ったところ、マスク氏はそれでは満足せずにさらに細かいところに「なぜ」をかぶせていきます。軌道に放出する際に衛星同士が衝突しないようにひとつずつ固定していたのを見て「固定具はいらないんじゃないか?」と質問したときには、技術陣全員がありえないと思ったそうです。ところが宇宙船が動いているので放出時には自然に衛星同士の間隔が空きます。たとえぶつかっても相対速度が小さいため衛星は壊れないことがわかり、固定具をなくしたことでコストがさらに下がり、積載量も増やすことができたのです。

 似たようなエピソードに、ロケットの素材を炭素からステンレスに切り替えた話があります。炭素素材は金属よりも重量が軽くなることから次世代のロケットの機体の素材として採用されました。ところがマスク氏の視点でみると、炭素繊維の機体は加工に手間と時間がかかりすぎます。そのために金属よりも桁違いに高コストになります。計算してみると、いずれ資金が枯渇して「火星には行けない」ことがわかります。

 そこでマスク氏は「もういちどステンレスでできないかを計算するように」指示します。するとスターシップ(スペースXが開発するロケット)の条件ではステンレスのほうが機体が軽くなることが判明します。宇宙空間のような極低温ではステンレスの強度が50%増しになるからです。溶接加工もステンレスならはるかにシンプルにできます。結果として「なぜステンレスはだめなのか?」とあらためて質問したことが、スペースXを火星に向けて一段階進める結果を生んだのです。