(1)最終ゴールの状態をイメージしたうえで、そこから戦略を逆算

 これは一般の経営者もよく「自分もこれをやっている」と思い込んでいる手法ですが、マスク氏の場合はその最終ゴールのイメージを常人よりもはるかに遠いところに設定することが特徴的です。

 具体例を挙げると「スペースX」の場合は「人類を火星に送ること」が勝った状態です。利益が出るとか、IPOできるとか、創業者としてビリオネアになれるといった中間段階は考慮しません。そして戦略はそのゴールに合致するかどうかを基準に選択します。その基準に照らしあわせると「NASAから打ち上げ業務を受託する」だけでは人類を火星に送るための資金調達額が足りないことが計算できます。勝つためには、それ以外の事業に参入する必要があります。競合であるアマゾンのジェフ・ベゾス氏は宇宙旅行ビジネスを展開していますが、マスク氏は事業規模が不十分だという理由で宇宙旅行ビジネスには興味を持ちません。マスク氏が選んだのはインターネットビジネスです。市場規模は1兆ドルで、その3%を獲れれば300億ドルとNASAの予算以上になります。こうした思考でマスク氏は衛星インターネット事業のスターリンクへの参入を決めます。この一連の思考がマスク氏の特徴的な手法です。

 テスラの自動運転では、競合であるグーグルのウェイモがレーダーやライダーを駆使して自動運転タクシーの営業運転を開始した一方で、マスク氏はテスラ車からレーダーを廃止します。テスラが自動運転市場で勝っている「ゴールの状態」を考えると、カメラだけでAI(人工知能)が学習して自動運転するニューラルネットワーク方式のAI自動運転車のほうが、レーダーを駆使してルールベースで判断する従来型のAIよりもはるかにコストが低いのです。テスラの場合は市中を走るテスラ車から無数の学習用の動画が得られる環境があるため、学習スピードではウェイモよりも優位です。完成段階をイメージできればレーダーを捨てたほうがウェイモに勝てるという判断です。