皆さんは「もしもあのとき違う選択をしていたら、今ごろどうなっていただろう?」と考えたことはありませんか。

人間は誰しも、日常生活の中で小さなターニングポイントをいくつも迎えます。

たとえば、今この瞬間、この文章を読んでいる“あなた”とはほんの少しだけ違う行動や選択をしている“もうひとりのあなた”が、見えない別の世界に同時に存在している──そんな奇妙な話は、いかにもSF小説に出てきそうな設定です。

しかし実は、この「並行世界(パラレルワールド)」の概念は、量子力学という現代物理学の基礎理論の解釈として、真剣に議論されてきた歴史があります。

これがいわゆる「多世界解釈(MWI)」です。

多世界解釈の根本的なアイデアは、「量子力学において生じる“重ね合わせ”のすべての可能性が、実際に現実として同時に存在する」というものです。

たとえば有名なシュレディンガーの猫の思考実験では「生きている猫」と「死んでいる猫」が同時に存在するという奇妙な状態が出現します。

しかし多世界解釈の立場では、「猫が生きている世界」と「猫が死んでいる世界」の両方が矛盾なく並行して実在することになります。

私たちの意識はそのうち片方しか認識できませんが、他方の世界は別の“あなた”がしっかり体験している──というわけです。

このように書くと「それはほとんどSFの話では?」と思われるかもしれません。

ですが、量子力学が抱える測定問題や、いわゆる「波動関数の収縮」をめぐる長年の謎をうまく回避できるということで、多世界解釈は科学者の間でも長らく魅力的な理論として支持されてきました。

とくに、全宇宙を量子系として扱う宇宙論的視点では「世界がどこかで“ひとつに定まる”ということのほうが不自然だ」と考える研究者も少なくありません。

多世界を想定したほうが量子力学が抱える「測定問題」をシンプルに解決できるからとも言えます。

私たちが観測する前までは“不確定”だった状態が、なぜ観測した瞬間に特定の結果に収束するのか──この不思議を「実は結果がすべて同時に現実となり、私たちの意識はそのうち一つを体験しているだけ」と説明できるのが、多世界解釈の強みなのです。