一方で、グラフェン自体の圧倒的な強度もここで重要になります。
炭素原子間のsp²結合は非常に強固で、局所的には鋼鉄の200倍にも達する強度を持ちます。
とはいえ、必ずしもビームを“跳ね返す”わけではありません。
むしろ短時間での衝突によって大きなエネルギー伝達が起こらず、ビームがすり抜けていく形になります。
実際、弱いビームを当てるとグラフェンの壁で反射されるケースも確認されています。
しかし今回の実験では、十分なエネルギーのビームが一瞬で通過するため、穴を空けるほどの衝撃を与えきれないのです。
研究者たちはこの状況をさらに突き詰めるため、時間依存密度汎関数理論(難しい名前ですが中身は簡単です)を持ち出しました。
時間依存密度汎関数理論を簡単に言えば原子同士の軌道や電子密度がどの程度重なり合い、どのくらいの衝撃(運動量交換)が起きるかを計算し、壁を壊すほどのエネルギー移転が発生するかを数値的に予測する理論です。
研究者たちがこの理論にもとづき算出を行ったところ、「原子が超高速で一瞬のうちに通過するため、結晶に大きなダメージを与えるほどの運動量は伝わらない」という結論が得られました。
(※時間依存密度汎関数理論自体は量子理論の一種です)
グラフェンの炭素ネットワークは、一見硬そうですが、局所的にはわずかに弾力性があり、“パチン”と千切れない程度に衝撃をいなしてしまう状態が起き、結果として原子の潜り抜けが起きていたのです。
つまり、量子力学の「通過ルートが不確定」という要素と、グラフェンの結合強度+衝突時間の短さという要素がガッチリ組み合わさって、原子が壁を粉砕せずに透過し、しかも回折という波らしい量子現象が観測できたのです。
次ページでは、この研究成果によってどんなSF技術が解禁されるかを紹介したいと思います。