だが名目的な宣言だけでトルコ政府が満足する可能性は乏しい。消滅の物理的確証を得るのでなければ、トルコと接する国境部分の完全なトルコ管理などの措置がほしいだろう。

しかしクルド勢力が黙ってそのような要求を受け入れる可能性も乏しい。すでにトルコの意をくんだSNA(シリア国民軍)とクルドのSDF(シリア防衛軍)は、支配地の争奪をめぐる武力衝突を繰り返している。トルコが支援するSNAは押し気味だが、SDFはシリア領内に軍事基地を置いて2000人を配置しているアメリカ軍の支援を受けてきているし、イスラエルも自国の国益の観点からクルド人勢力の残存に強い関心を示す態度を隠していない。

この状況で、「俺は天下(ダマスカス)を取った」と主張する、イドリブという北部国境地帯の小さい県で行政をしていたにすぎないHTS勢力が、「武装解除せよ」と全土に命令しても、即座に全シリア人が納得して武装解除に応じるとは思えない。

もちろん、このように言うことは、「武装解除」を視野に入れて、各集団が政治協議を始めていく可能性を否定することを意味しない。SDFも、ダマスカスの暫定政府に攻撃的な姿勢を取っているわけではない。だが、いずれにせよ、政治プロセスの見込みは極めて不透明だ。

暫定政権に対するデモや、アラウィ派の人々の暫定政府に反旗を翻すような動きなども、散発的に起こってはきている。あるいは暫定政権関係者が、イランが政情不安を煽ろうとしている、といった話をする場合もあることが報道されている。

この状況で、アメリカや欧州諸国は、制裁解除をアメにして、シャラア氏の歓心を得ようとしているようだ。だがこれらの諸国も、シリアを安定させるための政治調停の見込みを具体的に持っているわけではない。ロシアをシリアから追い出したい一心で、シャラア氏に近づいているだけのようにも見える。

結果として、シリア人は全員武装解除しなければならないが、アメリカやイスラエルは基地を持ったまま、シリア領を軍事占領すら許される、ということになるのであれば、それは奇妙な状態である。