調査に当たってはまず、生体環境に近い状態でヒト細胞を保持したまま、高い周波数まで測定できる手法を模索しました。
そこで選ばれたのが、下の図のような微小なカンチレバー型センサーを用いて細胞の熱的ゆらぎ(熱運動)を直接読み取る方法です。
カンチレバーとは、一端が固定され、もう一端が自由に動ける極小サイズの「板バネ」のようなもので、そこに細胞を接着し、カンチレバー自身の微小な振動をレーザーで検出することで、細胞の“自然な揺れ”を拾い上げることが可能になります。
実際の実験では、まずファイブロネクチンなどの接着因子を用いてカンチレバー表面に生きているヒト乳房細胞を固定しました。
そして培養液中で細胞が生きた状態のまま、1 kHzから1 MHzにおよぶ幅広い周波数領域でカンチレバーの振動スペクトルを高精度に計測します。
微小なカンチレバーは周波数帯ごとに特有の振動モード(曲げやねじれ)を持ちますが、細胞が接着しているときだけ異常なピークやスペクトル変化が表れるため、そこから細胞固有の振動モード――すなわち、共鳴周波数を逆算することができるのです。
この方法を繰り返し検証した結果、ヒト乳腺細胞においては10〜30 kHz近辺と150〜180 kHz近辺で振幅の大きなピークが見られ、理論モデルによるシミュレーションとも一致したことが明らかになりました。
注目すべきは、10〜30 kHz付近という周波数帯が、人間の可聴域(おおむね20 Hz~20 kHz)と重複していることです。