調査に当たってはまず、生体環境に近い状態でヒト細胞を保持したまま、高い周波数まで測定できる手法を模索しました。

そこで選ばれたのが、下の図のような微小なカンチレバー型センサーを用いて細胞の熱的ゆらぎ(熱運動)を直接読み取る方法です。

カンチレバーとは、一端が固定され、もう一端が自由に動ける極小サイズの「板バネ」のようなもので、そこに細胞を接着し、カンチレバー自身の微小な振動をレーザーで検出することで、細胞の“自然な揺れ”を拾い上げることが可能になります。

特定された共鳴周波数は10〜30 kHzおよび150〜180 kHzに位置し、前者の「10〜30 kHz」は人間の可聴域「20Hz~20kHz(20~20000Hz)」と一部が重なっており、理論的には、人間の耳はこの周波数の音を「聞く」ことが可能となっています。
特定された共鳴周波数は10〜30 kHzおよび150〜180 kHzに位置し、前者の「10〜30 kHz」は人間の可聴域「20Hz~20kHz(20~20000Hz)」と一部が重なっており、理論的には、人間の耳はこの周波数の音を「聞く」ことが可能となっています。 / Credit:Verónica Puerto-Belda et al . PRX Life (2024)

実際の実験では、まずファイブロネクチンなどの接着因子を用いてカンチレバー表面に生きているヒト乳房細胞を固定しました。

そして培養液中で細胞が生きた状態のまま、1 kHzから1 MHzにおよぶ幅広い周波数領域でカンチレバーの振動スペクトルを高精度に計測します。

微小なカンチレバーは周波数帯ごとに特有の振動モード(曲げやねじれ)を持ちますが、細胞が接着しているときだけ異常なピークやスペクトル変化が表れるため、そこから細胞固有の振動モード――すなわち、共鳴周波数を逆算することができるのです。

この方法を繰り返し検証した結果、ヒト乳腺細胞においては10〜30 kHz近辺と150〜180 kHz近辺で振幅の大きなピークが見られ、理論モデルによるシミュレーションとも一致したことが明らかになりました。

注目すべきは、10〜30 kHz付近という周波数帯が、人間の可聴域(おおむね20 Hz~20 kHz)と重複していることです。