「政治家個人宛の寄附の禁止規定」はなぜ適用されなかったのか

今回の「裏金問題」については、「政治家個人宛の寄附の禁止規定」を適用するのが、最も実態に即した罰則適用であり、それによって、ある程度、政治資金の帰属に関する「政治資金規正法の『大穴』問題」をクリアすることが可能だった(この点を早くから指摘していたのが、元総務省で政治資金規正法の立法経験もある立憲民主党の小西洋之参議院議員だった)。

検察捜査は、なぜそういう方向で行われなかったのか。

そもそも、現在の検察・法務省の側に上記の「大穴」問題に対する認識が希薄であったことが考えられるが、それに加えて、従来、検察の政治資金規正法の罰則適用のほとんどは、罰則が最も重い収支報告書の「虚偽記入罪」の適用であり、それ以外の罰則適用の事例が過去にほとんどなかったため、「政治家個人に宛てた政治資金の寄附」の禁止規定の適用という発想自体がなかったのではないだろうか。虚偽記入罪の罰則適用を当然の前提として捜査を進めたということであろう。

これに関するもう一つの要因は、政治家個人への寄附の禁止についての罰則が、「禁錮1年以下・罰金50万円以下」と極めて軽いことである。

検察独自捜査は、全ての犯罪をカバーするものではない。強制捜査を含む本格的捜査の対象となるのは、一般的には相応に重い犯罪であり、少なくとも、略式罰金ではなく公判請求相当な事案であることが前提だというのが、かつて私がいたころの「検察の常識」であり、それからすると、禁錮1年以下・罰金50万円以下は、通常、略式罰金相当であり、あまりに軽い。

しかも、仮に、「政治家個人宛の政治資金の寄附」禁止違反の刑事事件を前提として、今回の裏金問題をとらえた場合、公訴時効が3年となる。虚偽記入の場合の公訴時効が5年で、5年分の政治資金パーティーの分を「刑事立件の可能性のある裏金」ととらえることができるのと比較して、立件の対象も「裏金総額」も相当少額にとどまることになる。

このようなことから、検察捜査において、「政治家個人宛の寄附」禁止既定の適用は、ほとんど検討されなかったものと考えられる。

政治家個人宛寄附の禁止の罰則を重くするのはどうか

このような、「裏金議員」に対する処罰がほとんど行われず、所得税の課税・納税すら行われていないという事態が今後生じないようにする「再発防止策」として、まず考えられるのは、禁錮1年以下・罰金50万円以下という「政治家個人に対する寄附の禁止」の罰則を大幅に引き上げることである。

しかし、それは、同様の行為に対する罰則との比較から、現実には難しい。

例えば国会議員が、職務に関して、賄賂を収受した場合、(請託を伴わない)単純収賄であれば、「5年以下の懲役」、国会議員が、行政庁や自治体の行政処分に関して口利きをした謝礼として金銭等を受け取る「斡旋利得」については、「3年以下の懲役」という法定刑が定められている。

これらは、「公務員の職務に関する賄賂」「口利きの謝礼」という実質を伴う犯罪であり、それらと比較すれば、単に、国会議員が違法に個人で政治資金の寄附を受けたことだけに対する罰則の重さには限界がある。

「政治家個人に対する寄附の禁止」の罰則を引き上げるとしても、「斡旋利得行為」の法定刑を超えることは困難であり、「3年以下の禁錮」が限度であろう。そうなると、公訴時効期間は3年であり、現行法とあまり変わらないことになる。

「政治資金の収支の公開」を中心とする政治資金規正法の趣旨に照らして、政治資金収支報告書の不記載・虚偽記入罪が最も重い犯罪とされているのであり、「政治家個人宛の違法寄附」に対する罰則が相対的に軽いのは致し方ないと言えるのである。

政治家個人の政治資金収支報告書復活によって政治資金の不透明性を解消

そこで、私の提案は、「政治家個人への寄附の禁止」の規定を廃止し、政治家個人への寄附も敢えて禁止はしない代わりに、政治家個人について、徹底した「政治資金収支の透明化」を図ることである。

具体的には、政治家個人にも政治資金収支報告書の作成・提出を義務づけることである。

現行の政治資金規正法の制度の源流となったのは、ロッキード、ダグラス・グラマン事件等を受けて、政治倫理確立が当時の大平内閣の重要な政治課題になり、民間有識者及び関係閣僚からなる首相諮問機関「航空機疑惑問題等防止対策に関する協議会」が設置され、「政治家個人の政治資金の明朗化」が提言されたことだった。

1980年に成立した政治資金規正法改正案では、政治家個人の政治資金の公開のための「指定団体制度」「保有金制度」等が導入され、政治家個人にも政治資金収支報告書の作成・提出が義務づけられた。しかし、これらの制度には多くの「抜け穴」が設けられており、実効性がないものだった。

そして、1980年代末、リクルート事件で「政治とカネ」の問題への批判が高まったことを受け、1994年、細川内閣の連立与党と自民党の合意で「政治改革四法」が成立、選挙制度改革・政党助成制度の導入に伴い政治資金規正法の大幅改正が行われた。企業・団体からの寄附の対象を政党(政党支部を含む)に限り、政治家個人が政治資金の拠出を受けるべき政治団体として「資金管理団体」が指定されることになった。それに伴って、「政治家個人宛の政治資金の寄附」が禁止され、保有金制度は廃止された。法違反に関する罰則が強化され、有罪確定時の公民権停止規定が導入された。

こうして、現行の政治資金制度の枠組みが作られたのであるが、その中で、政治家個人を代表とする「政党支部」が企業・団体献金の受け皿となることが認められたため、個人あての寄附が禁止されていても、政党支部で受け取れることから、企業団体献金禁止の意味はほとんどなくなった。

一方、ほとんどの国会議員に「政党支部」と「資金管理団体」という2つの「財布」が存在することになり、それ以外にも「国会議員関係政治団体」という「別の財布」の存在も認められ、それが、「政治家個人が受領した裏金」についての「政治資金の帰属」が判然とせず収支報告書の虚偽記入罪で処罰できないという「大穴」問題につながっている。

この法改正で、政治家個人への寄附が禁止されたことに伴い、政治家個人の収支報告書の作成・提出義務がなくなったのであるが、実際に、過去に、「政治家個人への寄附禁止」違反で処罰されたことはなく、今回の裏金議員の中で「政治家個人への寄附」が疑われる事例もあったが、全く刑事立件されていない。

また、「政治家個人への寄附の禁止」については、政党からの寄附が除外されている(21条の2第2項)ため、政策活動費等として政治家個人が政党から合法的に政治資金を受領することができ、それについて政治資金収支報告書への記載義務はない。

結局、「政治家個人への寄附」は、禁止されていても実際に処罰されることはなく、ほとんど野放しであり、一方で、収支報告書の作成提出の義務がないので、政治家個人をめぐって不透明な金のやり取りが横行しているのである。

このような「政治家個人をめぐる不透明な金の動き」こそが、まさに今回の「裏金問題」の根本原因と言うべきであり、それを抜本的に改めることが、今回の「裏金問題」を受けての「再発防止策」に他ならない。

そのための最も効果的な方法が、1994年改正で廃止された政治家個人の収支報告書の作成・提出義務を復活させることである。しかも、「抜け道」だらけであった「保有金制度」のようなものを前提にするのではなく、当該政治家に関する政治資金の収支について、政治団体や政党支部の収支報告書に記載されているもの以外は、個人の収支報告書にすべて記載することを義務づけるのである。

具体的には、政治家は、自らの資金管理団体のほか、自身が代表を務める政党支部、国会議員であれば国会議員関係団体について、会計責任者が政治資金収支報告書を提出した後、ただちに会計責任者から収支報告書の写しの交付を受け、それらの収支報告書の内容を確認し、自身に関係する政治資金の収支で、それらの収支報告書に記載されていないものを記載した「政治家個人の政治資金収支報告書」を作成し、提出する。その期限は政治団体の提出期限の30日後くらいとする。

この場合、政治家が、自身の収支報告書の正確性について直接的に義務を負うことになり(秘書等に作成の補助をさせたとしても責任を負うのは政治家個人である)、不記載・虚偽記入があれば、政治家個人が処罰されることになる。その場合の収支報告書の作成提出に関する責任の程度は会計責任者と同程度になるので、法定刑も、会計責任者と同じ、「禁錮5年以下または罰金100万円以下」とすべきである。

このようにすれば、それぞれの政治家に関する政治資金の動きは、個人の収支報告書と関連団体の収支報告書ですべて明らかになり、政治資金の不透明性を解消できる。