『04』版はどうだったか。録音風景を眺めると、楽譜準拠では弾いていないようだ。

ピアノの上で大きな五線譜に(左利きで)いろいろ書き込んでいる様子がうかがえる。演奏が主で、つまり実際に奏でられる音が主役で、それをメモっているような感じ。

あくまでメモで、採譜は録音終了後に自ら行ったのだろうか。

令和、最期の「戦メリ」

これは、先ほども述べたようにすでに本人によって磨き上げられた楽譜があって、それを演奏したものだという。

このとき使われた楽譜が、彼にとっては至極最高の「戦メリ」で、それを残された体力を精一杯使って完璧に演じ切るぞという、そういう演奏姿勢だったように思える。

彼にとっての、である。

実はこの曲、歌ものとして企画されていた。映画「戦場のメリークリスマス」のエンディング歌として、小田和正に歌ってもらうというアイディアもあったそうだ。

最終的には、イギリスの(当時行き詰っていたという)天才ヴォーカリストのデヴィッド・シルヴィアンによる歌付きものが「禁色」(Forbidden Colours)として、映画でこそ使われなかったがサントラ最終曲として納められ、イギリスではシングルカットもされた。

あの国では今でも「禁色」のほうが原曲だと思っている者がいるという。

この歌付き版には、シルヴィアンの強い志を感じる。その旋律ラインの素晴らしさに感動した坂本は、以後この曲の器楽演奏において、シルヴィアンのヴォーカルと同じ副旋律を、必ずあの主旋律といっしょに奏でたという。

「戦メリ」の歌付きカヴァーをいろいろ拝聴するに、果たしてこの志があるのだろうか?

彼が消え去って二年目のクリスマス。どうか皆さんにも聴いて、考えてみてほしいと願う次第である。