実は私は、この三つ目の楽譜は、あのお別れ配信での「戦メリ」演奏を彼が自ら採譜したものだと思い込んでいた。
そうではなかった。自分の命が残り少ないことを思って、前より代表曲をひとつひとつ推敲していた、その「戦メリ」楽譜を弾いたものだった。
「ぼくは88の夢をうつ」昭和58年版、いわゆる『Avec Piano』版は、演奏が先だった。
当時の様子を、当時の担当編集が生き生きと綴っている。
この編集さんがその場の思い付きで口にしたアイディアに、若き龍一がぱっと反応して、楽譜を書きだして、そのままピアノに向かって弾いたのが、これだったのだとか。
もとは映画のサウンドトラック用に作られた曲だ。プロフェット5というアナログ・シンセ(つまみをひねって音色を変えていける鍵盤キーボード)を使って、多重録音で作られた。
自宅のピアノで、朝起きてちゃちゃっと三つのモチーフを思いついてメモって、そのひとつがメインテーマにいいぞと即断して、それをもとにちゃちゃちゃっと8小節のスケッチを記して、それを再度弾いてみて「うーんなんかちがうなー」と(おそらく)つぶやきながらオタマジャクシを少しいじって…
そんな風に、おそらく一時間もかかっていなかったのではないか。
当時の作曲スケッチからあの旋律とその和音が、音符とコードネームで書き込まれている。