「質的な強靭化」
まずは、「質的な強靭化」とは「生産性上昇率の引き上げ」とされたことにより、「生産性の低い企業、産業、地域をいかに構造的に改革していくか」(同上:21)が課題となる。私はこれらに政党や大学も含めたいが、「構造改革ができない」企業や組織をどうするのかが判然としない。本文の文脈からは、「切り捨て」の危険性すら感じる。
二つ目には、先ほどの大学非常勤講師問題で触れた「人への投資」の強化が出された。しかし、「人への投資」事例としての数万人の博士学位保有者の非常勤講師問題でさえ解決できていない現状からすると、この効果は期待薄である。どのような「人」が想定された「投資」なのだろうか。
その他「一人ひとりが活躍する場を広げる」でも「ローカルインクルージング」の「担い手育成」にしても、さらに「グローバルチャレンジ」の「イノベーション環境」整備や「永定住外国人政策」の論点にしても、まずは日本における博士学位保有者の非常勤講師問題を片付ける力量を示してからの課題であろう注7)。
「一人ひとりが豊かで、幸福度が最高水準の社会」?最後に「未来選択社会」の姿として描かれた「一人ひとりが豊かで、幸福度が最高水準の社会」(同上:12)について触れておこう。
社会学や社会心理学では「主観指標」としての「幸福度」は相対性を免れないから、「最高」や「最低」という表現をしない。なぜなら、社会調査により「幸福度」を尋ねられた回答者は、自らが照準とする(準拠する)人や集団のライフスタイルや特定階層のライフスタイルと比較して、「高い、やや高い、まあまあ、やや低い、低い」と判定するからである。
そのため世界的に見てGN内でもGS内でも、それらを跨いでも社会システムが違えば、「幸福度」判定軸が異なるので、「世界最高水準」という評価は永遠に得られない。
せっかくの「幸福度」ではあるが、50年前からの社会指標(social indicator)、生活の質(QOL)、Well-being、BLI(Better Life Index)などの論点を正しく学べば、「幸福度」、「ウェルビーイング(Well-being)が世界最高水準の社会」という表現は避けられたに違いない(金子、2023a 第5章)。
「人口戦略会議」は吉田松陰まで引用して、「国家ビジョン」を提言したのだから、この先も科学的な根拠を持つ議論を積極的に続けてほしいと希望する。
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注1)なお、関連した議論として金子(2024)および濱田(2024)を参照のこと。
注2)これまでその財源についても繰り返し試算してきたが、直近の試算結果は金子(2023c)で公開した。それは消費税、子育て基金、年金からの転用、「再エネ賦課金」の振り替え、という4者の財源を想定したものである。
注3)「人口変容」は少子化による年少人口減少、高齢化による高齢者の増大を含む複合概念である(金子、2023a)。
注4)個人の健康を事例にすれば、高齢になって骨密度が低下するのはやむを得ないが、その予防のために、カルシウムのサプリメントを取り過ぎて、腎臓や膀胱に結石が生じることがある場合、これをサプリメントの逆機能という。あるいは、毎月の収入からの貯蓄は重要だが、それをやりすぎると金融機関では預金額が増えても社会的には消費が低迷して、企業活動の業績が下がってしまい、ひいては金融機関の貸出しが減少する。これもまた、預金の逆機能とみていい。
注5)政府の少子化対策予算に関連した民間企業の売り上げは増えたが、子どもの数は減少した。事業栄えて、子どもが減って、先行き不安が増してきた。
注6)政府の『戦略』、民間の『ビジョン2100』が相次いで発表されても、政財界、マスコミ界、学界などではこのような問いかけは見当たらないように思われる。
注7)優先順位の発想の重要性はここにもある。
【参照文献】
Bergson,H.,1932=1948,Les deux sources dela morale et de la religion,(Presses Universitaires de France.(=1979 森口美都男訳 「道徳と宗教の二つの源泉」澤潙久敬責任編集『世界の名著 64 ベルクソン』中央公論社):215-539.濱田康行,2024,「【経済学の観点】『少子化論』に対する『数理マルクス経済学』の限界②」アゴラ言論プラットフォーム(1月25日).
人口戦略会議,2024,『人口ビジョン2100 - 安定的で、成長力のある「8000万人国家」へ 』同会議(1月9日).
金子勇,1998,『高齢社会とあなた』日本放送出版協会.
金子勇,2003,『都市の少子社会』東京大学出版会.
金子勇,2006,『少子化する高齢社会』日本放送出版協会.
金子勇,2013,『「時代診断」の比較社会学』ミネルヴァ書房.
金子勇,2016,『日本の子育て共同参画社会』ミネルヴァ書房.
金子勇,2023a,『社会資本主義』ミネルヴァ書房.
金子勇,2023b,「『少子化対策の異次元』の論理と倫理」神戸学院大学現代社会学会監修『現代社会の探求』学文社:109-129.
金子勇,2023c,「『異次元の少子化対策』の省察」『EN-ICHI FORUM』第388号:10-15.
金子勇,2024,「【社会学の観点】『少子化論』に対する『数理マルクス経済学』の限界①」アゴラ言論プラットフォーム(1月25日).
国立社会保障・人口問題研究所編,2023,『令和3年度 社会保障費用統計 2021』同研究所.
内閣官房,2023,『こども未来戦略』(12月22日).
Urry,J.,2016,What is the Future? Polity Press Ltd.(=2019 吉原直樹ほか訳『<未来像>の未来』作品社).
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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