昨年10月から、静岡地方裁判所で行われてきた袴田事件の再審が、5月22日の公判期日に、検察官の論告、弁護人の弁論が行われて結審する。

1966年に静岡県清水市の民家で味噌製造会社の専務一家4人が殺害されて集金袋が奪われ、この民家が放火された強盗殺人・放火事件で、袴田巌氏が逮捕・起訴されて以降、半世紀を超えて争われてきた袴田事件の刑事裁判は、「裁判所の再度の有罪無罪の判断が行われる最終局面」を迎える。

56年前の現場NHKより

裁判では一貫して無罪を訴えた袴田氏に対して、1980年に死刑判決が確定、翌年に第一次再審請求が申立てられ、2008年、最高裁の棄却決定で確定したが、同年に申立てられた第2次再審請求について、2014年3月、静岡地裁(村山浩昭裁判長)が再審開始を決定(以下、「村山決定」)、袴田氏の死刑および勾留の執行を停止し、袴田氏は釈放された。

即時抗告審の東京高裁(大島隆明裁判長)は2018年に再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する決定を出した(以下、「大島決定」)が、弁護人が特別抗告、最高裁は2020年12月に、棄却決定を取り消し、審理を東京高裁に差し戻す決定(以下、「最高裁決定」)を行い、2023年3月、東京高裁(大善文男裁判長)で再審開始決定(以下、「大善決定」)が出された。

第2次再審請求審では、袴田氏が逮捕・起訴され公判審理が行われていた最中に味噌樽の底から発見され、袴田氏が犯人であることを裏付ける有力な証拠とされた「5点の衣類」についての「DNA鑑定」と「味噌漬け実験報告書」を「新証拠」とし、それらが、再審開始の要件である「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した」(刑訴法435条6号)に該当するかどうかが争点となり、上記の各決定で判断が分かれてきた。

「5点の衣類」を袴田氏が犯行時に着用し、袴田氏がそれを味噌樽の底に隠蔽したというのが確定判決の事実認定だが、上記の二つの「新証拠」は、その事実認定を否定する方向に働く。

DNA鑑定により、着衣の一つに付着していた血痕のDNA型が袴田氏のDNA型とは一致しないという鑑定が正しいのであれば、確定判決の認定に反することになり、袴田氏は犯人ではないことになるし、「味噌漬け実験報告書」の結果、5点の衣類には付着した血痕の色の赤みが残っており、それが1年以上味噌に浸かっていたとは考えられないことが実験によって証明されたということであれば、5点の衣類を味噌樽の底に隠匿したのは、その時点で勾留中であった袴田氏ではない、ということになる。

静岡地裁の村山決定は、上記の二つを「無罪を言い渡すべき新証拠に当たる」としたが、東京高裁の大島決定は、「いずれも当たらない」とした。そして、「味噌漬け実験報告書」について、大島決定の判断を取り消して差し戻した最高裁決定を受けて出された大善決定は、「味噌漬け実験報告書」の証拠評価について、大島決定の判断を覆し、「新証拠」と認めて再審開始を決定した。

各決定の判断の違いは、主として、上記の二つの証拠が「無罪を言い渡すべき新規・明白な証拠」に当たるか否かの評価をめぐるものだった。

しかし、袴田事件には、もう一つ極めて重要な論点があることを看過してはならない。新証拠と認められた「味噌漬け実験報告書」の証拠評価と表裏一体の関係にある「捜査機関による証拠の組織的捏造の可能性」である。

上記の大善決定の結論のとおり、袴田氏が犯人であることが否定された場合、味噌樽の底から発見された5点の衣類は、袴田氏以外の何者かが、血痕が大量に付着した5点の衣類を、味噌樽の底に入れたことになる。「味噌漬け実験報告書」が正しいとすると、5点の衣類が味噌樽の底に入れられたのは、事件直後ではなく、発見時に近い時期ということになるので、それを行う動機があり、実際に行うとすれば、袴田氏を犯人だと断定し、有罪判決を受けさせようとしていた警察しか考えられない。

つまり、大善決定の認定のとおりで「無罪判決」になるとすれば、それは、必然的に、「静岡県警が、血痕の付着した5点の衣類を味噌樽の底に沈めるという証拠捏造行為を行った」、という判断につながることになる。本件捜査を行っていた当時の静岡県警が、果たして、そのような行為を行ったのか、本当に、その可能性があるのか、という点が、本件のもう一つの極めて重要な論点なのである。