オスマン帝国の復活を夢見ていると描写されることが多いトルコのエルドアン大統領は、アサド政権の崩壊で、最もその存在感の大きさを見せつけた人物だ。新政権の勢力に一番大きな影響力を行使できるのは、疑いなくトルコである。そのトルコのカルン情報局長官は、12月12日にいち早くダマスカスを訪問し、その影響力を強くアピールした。注目すべきは、トルコのフィダン外相が、アサド政権崩壊前の12月8日のドーハフォーラムの際に、ロシアとイランの外相と、三者会議を行って見せていたことだ。当時ロシアはトルコに怒っているのではないか、という見方があったにもかかわらず、フィダン外相は三者の中央に座り、むしろ会合を主導していることを示した。ロシアとイランが、新政権との対立を避けるのであれば、トルコを仲介者にするしかない。トルコも、そのように外交力を発揮することに関心があるだろう。しかしトルコの影響力は、シリア国内の複雑な諸勢力のせめぎあいの中では、両義的な意味がある。トルコがどれくらい突出し、それにシリア人がどのように反応するかは、地域諸国との関係を見た際の最大の焦点になる。

トルコ共和国・エルドアン大統領 トルコ大統領府公式サイトより

8.イラン「抵抗の枢軸」の反応

アサド政権は、イランがレバノンのヒズボラに支援を提供する際の重要な中継点を提供していたとされる。イランにとっては、アサド政権の崩壊は、「抵抗の枢軸」の結束に大きなひびを入れる重大事件である。恐らくアサド政権の崩壊で、最も明快に政治的損失を受けたのは、イランであろう。2003年のアメリカの侵攻でサダム・フセイン体制が倒れた後のイラクが、少数派のスンニ派支配が終焉して多数派のシーア派が政権を担当する国に変化していったのとちょうど反対に、シリアでは少数派のアラウィー派の支配が終焉し、スンニ派の支配が始まる。イランにとっては付け入る余地がない。今は、両国の間にあるイラクの防衛に専心する姿勢を垣間見せている。これによってさらに大きな損益を被るのが、地中海沿岸に位置しながらイランの支援を受けてきたヒズボラやハマスだ。イランは、このまま「抵抗の枢軸」の縮小を図り、パレスチナ問題との連携を弱める路線に舵を切るのか。鍵となるのは、イランのトルコとの関係だろう。

イスラム革命最高指導者ハメネイ師 IRNA通信より