医師たちもこの治療法を患者に適用するという考えは持てませんでした。
そこで彼女が決断したのは、この治療法に対して自分自身を使った人体実験を行うという、自己実験の実施でした。
自己実験は、科学分野においてかなり倫理的な問題を問われる行為です。
とはいえ、歴史上自己実験の実施によって偉大な発見をした科学者はいくつか報告されています。
医学分野で有名なのは、オーストラリアの研究者バリー・マーシャル氏でしょう。
彼は、ヘリコバクター・ピロリ菌を自ら飲んでそれが胃の中で繁殖し、胃潰瘍や胃がんの原因になることを証明しました。(それ以前は細菌は胃酸で溶けてしまい胃の中では繁殖できないという認識でした)
井戸水などに潜むピロリ菌が胃がんの原因になる、胃カメラでピロリ菌を発見して除去できれば胃がんを回避できるなどの話は聞いたことのある人が多いでしょうが、その発見はこのマーシャル氏の自己実験からもたらされた成果なのです。
この発見は後に多くの人々の命を救うことに繋がったため、彼は2005年にノーベル医学賞を受賞しています。
このように、自己実験は倫理的な観点からは疑いの目を持たれているものの、十分な成果を上げた実例も存在しています。
そこで彼女は、OVTという新しい治療法について自身の科学的知識と経験を用いて自分の症例に適用するという判断をしたのです。
もちろん、思わぬ副作用の可能性があるため、彼女一人で実施できるものではありません。
そのため、この自己実験は医師たちによる慎重なモニタリング体制のもとで進められました。
ハラッシ氏の担当医たちは、治療の過程で経過を定期的に観察し、万が一悪化が見られた場合には従来の治療法に切り替える準備を整えていました。
未知の治療法とその結末:ウイルス療法がもたらしたもの
ハラッシ氏が選択した腫瘍溶解性ウイルス療法 (OVT) は、慎重に計画されました。
治療に使用したのは、彼女自身が研究で扱った経験のある麻疹ウイルスとベシキュロウイルス。