■TOKYO BASEに「実際の残業時間」聞いた

続いては、TOKYO BASEに今回の給与(初任給)引き上げの詳細について話を聞いた。

話題となった2024年度の初任給額は40万円で、内訳は基本給:203,000円、固定残業代(80時間):172,000円、固定交通費:20,000円。

そして2023年度の初任給額は30万円で、内訳は基本給:196,000円、固定残業代(45時間):79,000円、販売手当:5,000円、固定交通費:20,000円となる。

初任給40万・固定残業代80時間の企業、違法でないかと波紋呼ぶが… 労基は「上限時間無い」
(画像=『Sirabee』より引用)

トータルで10万円もアップしたワケだが、引き上げの経緯について、TOKYO BASE担当者は「3つの理由がある」と話す。

1つ目の理由について、担当者は「当社は『日本一のファッション企業』になることを掲げています。日本一の会社になるには給与も日本一を目指す必要があると考え、国内のファッション業界の最高水準となる給与体系への改定を決断ました」「また代表取締役CEOの谷は、かねてよりファッション業界に変革をもたらし、ファッション業界の社会的地位を向上させることを目指してきました。給与だけが大切なわけではありませんが、社会的地位の向上には収入を上げることが不可欠であると考え、以前より給与体系の改定を検討してまいりました。この度の給与改定により、従来ファッション業界に就業してこなかった人材の採用も目指します」と説明している。

2つ目の理由については「当社はグローバルでの事業展開を推し進めており、給与もグローバル基準に合わせる必要があると考えてきました」「当社の販売スタッフの業務は販売以外にも多岐に渡り、対価としての40万円は決して高くなく適正であると考えております。現場主義を掲げる当社では現場のスタッフに適正な対価をお支払いしたいと考え、先行投資にはなりますがグローバル基準に合わせた対価をお支払いしていくことにしました」と語る。

そして3つ目の理由については「当社では収益を伸ばしていくために、東京、名古屋、大阪の中価格帯以上の商業施設に絞った出店や、売上のみを目的とした低価格帯事業の撤廃、営業力の強化などにより生産性の向上を進めてきました」「このビジネスモデルを磨き上げることで業界最高水準の給与を賄えるようになったため、今回のタイミングでの給与体系の改定を決定しました」と説明していたのだ。

また、実際の平均残業時間については「20時間以内」であると判明。

担当者は「月ごとに違いはありますが、店舗で10時間から15時間ほど、本社職で多くて40時間ほどで、80時間の残業を強いるような環境ではありません」「当社のカルチャーとして結果主義を掲げおり『長く働けば良い』『長ければ成果が出る』といった概念は全くなく、生産性を大切にしています」「繁忙期に残業が増えるケースはありますが、就業時間内で成果を出すことを求めています」と、社内の実態を説明してくれたのだ。

長時間の固定残業代をめぐる過去の判例について、森崎弁護士は「固定残業代に関する裁判例は多数存在します。その中では、長時間の固定残業代制が公序良俗違反で無効とされたものもございます」「岩佐圭祐大阪地方裁判所判事によりますと、固定残業代の問題は『対価性と判別性』という2つの条件の問題になると整理されています」と、話す。

続けて「TOKYO BASEさんのように、実際の残業時間が平均20時間以内である場合、固定残業代制で設定する残業時間が80時間だとすると、現実との乖離が問題となり『対価性という条件がクリアできているか』という点で、議論の余地は出てくると思います。この判断は、最終的には裁判所が様々な事情を踏まえ、総合的に判断するものとなります」と説明。

さらに、森崎弁護士は「固定残業代の定めが無効とされてしまうと、基本給が雇用契約時のものから増額されることになるため、企業としては追加の残業代の支払い義務が発生したり、悪質な場合には付加金の支払い義務が発生する場合もあります」と、法律上の有効性については議論の余地があると指摘している。

そこで固定残業代の「対価性」を確認すべく、80時間が設定された背景についてTOKYO BASEに追加の取材を打診したが、残念ながら1週間が経過しても回答は得られなかった。

だが26日、ファッション業界専門誌『WWDJAPAN』が報じた内容によると、TOKYO BASE最高経営責任者(CEO)・谷正人氏は「(80時間分の設定は)僕らがベンチマークしている企業がそのような設定をしていたので、それに倣っただけで深い理由はない」と説明していたという。

つまり前出の議論が行なわれるとしたら、同社の「深い理由はない」という理由が、対価性を判断するうえで妥当となるか否かが指標となりそうだ。

ちなみに、森崎弁護士の事務所でも「残業をしないように」「業務を効率化してほしい」といった思いから、固定残業代を導入しており、採用時にはその背景を説明し、納得の上で入社してもらっているそう。

繰り返しになるが、今回の騒動で明らかになったように「固定残業」という字面から、本来の意味を誤解している人々は少なくない。

実際には「残業を強いる時間」でなく、法律上も「固定残業代の時間設定に上限はない」と明らかになったのだが、こちらの回答に際し、労働基準局監督課・担当者が歯切れの悪い様子を見せたのが印象的であった。

こちらの背景について、森崎弁護士は「現時点で、固定残業代制における残業時間の設定の上限を設けた法律はありません。そのため、月80時間という固定残業代制の残業時間の設定を『明らかに違法』とも断じられないのが現状です」と前置き。

その上で、行政機関が「固定残業代制で設定する残業時間が80時間でも問題ありません」と回答した場合、曲解して「固定残業代制を導入して残業を月80時間に設定したら、月80時間の残業をさせて良い」と、勘違いする会社が現れるケースを懸念していたのでは…と、労働基準局監督課の抱いたジレンマを推測していたのだ。

今回の一件は「固定残業代制の定義」について、労働者だけでなく企業側、そして行政機関が改めて考える、良い切っ掛けになったのではないだろうか。