■「固定残業代」を採用するメリット、デメリット

「80時間の固定残業」が違法でないことが判明したワケだが、次に疑問に感じたのが「なぜ基本給で給与の底上げを行なわないのか」という点である。

今回の騒動のように「固定残業代=残業時間が固定される」と誤解する人が少なくない点を考慮すると、基本給による給与アップを図る方が不要な誤解を招かず、安全ではないだろうか。

こちらの疑問に対し、企業法務全般・労働問題など多種多様な案件を得意とする森崎弁護士は、企業側・労働者側の観点から見たメリットおよびデメリットを挙げてくれた。

まず、企業側のメリットとしては「残業代の計算が楽である」「人件費の見通しが付きやすい」「従業員の能力が向上し、業務の効率に繋がりやすい」(残業するより定時で帰った方が得なので)といった要素が存在する。

一方でデメリットとしては、やはり今回のケースのように「固定残業代分の残業を強要されるという誤解を生む」(採用に支障)点が挙げられるという。

森崎弁護士は「今回のニュースもそうですが、固定残業代制を設定していると『その制度で設定された残業時間は恒常的に残業をさせられる』という誤解を生みやすくなります。そのため、固定残業制を導入したポジティブな理由には着目せずに、勝手に求職者側が『過酷な労働環境だ』と誤解し、採用に支障を来すケースもあり得ます」と、分析していた。

労働者側のメリットとしては「残業をしなくても(固定の)残業代が支払われる」「業務効率化における労力対効果が向上する」といった点が挙げられる。

記者自身、固定残業代を「導入していない企業」と「導入している企業」をそれぞれ経験しているが、前者では「残業代を稼ぐ」ことを目的としたような就業態度の社員も少なからず見受けられた。

前者は状況によっては「残業するほど得」になるケースがあり得るが、後者の場合は「残業するほど損」になるケースが多く、業務を効率化した方が従業員自身にとって得になるのだ。

しかしもちろん、労働者にとっても固定残業代によるデメリットは存在する。

まずは「基本給が下がる」という点。こちらの詳細について、森崎弁護士は「額面として給与を見ると高水準であっても、基本給は低めに設定されているので、基本給をベースにした手当や超過した残業代の計算においては、低めに計算されてしまいます」と説明する。

残業代のほか、賞与(ボーナス)や退職金の金額等も基本給をベースに算出されるケースが多い。つまり、例えば同じ「月給40万円」でも、「基本給30万円、固定残業代10万円」と「基本給20万円、固定残業代20万円」の企業では、前出の金額に差が生じてしまうのだ。

森崎弁護士は他にも「ブラック企業の場合、追加の残業代が支払われない」(あってはならない!)「実際に残業の多い企業の場合、心身に影響が出得る」といった問題点を挙げているが、いずれも固定残業代そのものの問題でなく、「企業側に誤解や問題がある場合」というのが前提条件となる。