つまりクレン氏が量子もつれの交換(エンタングルメントスワッピング)の実験レシピを頼んだところ、AIは量子もつれを用意せずに新しい量子もつれを発生させる新しい「何か」が出力されたわけです。

AIを使ったイラストで例えるならば、イメージするのとは違ったキャラクターが生成されてしまったものの「これはこれで興味深い」と言える状況に近いでしょう。

あるいはグラタンのレシピを聞いたら、誰も食べたこともないグラタンによく似た「タングラ」と呼ばれる未知の料理のレシピが出力された状況とも言えます。

どちらにしても、放っておく手はありません。

もしかしたら本当に人間が知らなかった量子もつれの作成方法が記されている可能性があったからです。

そこで今回研究者たちはAIが出力した通りに実験セットを組み上げ、本当に新規の量子もつれが簡単に作成できるかを調べてみることにしました。

実験セットを組み上げるには1週間ほどしかかかりませんでしたが、その後の検証期間は1年にも及びました。

しかし時間をかけたかいはありました。

AIの出力した実験方法を実行すると、驚くべきことに、異なる起源を持つ光子ペア同士の間に新たに量子もつれ状態になっていることが明らかになりました。

また新規の量子もつれが起きているかを確かめるのも、4つの光子全てを測定するのではなく、1つの光子の測定のみで判断できました。

この結果は、AIが設計した実験を行うことで、人間では予想もできなかった新たな科学的知見を得られる可能性を示しています。

AI「PyTheus」が提案した新しい実験手法は、量子物理学の可能性を広げる画期的なものでした。

仮説もAIが立ててしまうようになったら、人間は科学的発見のプロセスから排除され、ただ恩恵だけを授かる存在になるでしょう
仮説もAIが立ててしまうようになったら、人間は科学的発見のプロセスから排除され、ただ恩恵だけを授かる存在になるでしょう / Credit:Canva . 川勝康弘

事前のもつれ生成やベル測定に頼らず、新たな量子もつれを簡易的に生成する方法は、従来の量子技術を一歩先へ進める可能性を秘めています。