全国高校サッカーで大会史上初の2年連続得点王という称号を引っ提げ、筑波大に進学したものの、オランダのヘラクレス・アルメロに入団したために大学を中退した平山相太氏は、2017年に現役引退後、教職資格を取得するために仙台大学に入学した。仙台大卒業後は筑波大学大学院に進学して指導者の道を進み、現在、仙台大学サッカー部監督兼教員に就いているが、筑波大を中退したことによって遠回りした形となった。
諏訪間の表明する意思は、一昔前であれば、「現役である以上、競技に専念すべき」という古臭い考えに背くものかもしれない。しかしながら前述したように選手寿命を考えれば、引退後にも続く長い人生を見据えた賢い考え方だ。
仮に、現役時代から指導者を志そうとしても、規定により現役選手はB級コーチライセンスまでしか取ることができない。現状、B級を取得した状態で引退したとしても、Jクラブの監督を務めることができるS級を取得するまで、日本代表歴などない一般的な選手であれば最短でも約7年、長ければ10年以上掛かる。しかもS級となれば、お金と時間に加え、人脈も必要になってくる非常に狭き門だ。実績のない選手のままで引退したとなれば、よほどの金銭的・時間的余裕と、人脈を築き上げる根気強さがない限り、諦めてしまうだろう。
サッカーのプロ選手のみならず、一般企業に就職した新入社員ですら、入社早々転職サイトに登録する時代だ。諏訪間も、プロのアスリートである父の背中を見て育ったことから、自然と「引退後」を見据えた人生設計が身に付いたのだろう。
父である諏訪魔は、リングに上がれば反則攻撃も辞さないラフファイターで“暴走専務”の異名を取る一方、保護司としても活動し、横浜刑務所から感謝状を贈られている人間味溢れる人物だ。そのDNAを引き継ぐ諏訪間は、選手としてはもちろん、教育者・指導者の資質を十分に持ち合わせているだろう。現時点で考え得る最高のセカンドキャリアとの向き合い方をしているといえるのではないだろうか。