たとえば即興演奏を行うミュージシャンの脳活動を調べた研究では、自己監視を司る背外側前頭前皮質の活動が低下し、創造性を促進する内側前頭前皮質の活動が増加することが示されています。
つまり即興を行っている演奏者の脳は自己が薄れて、まるで憑き物に捕らわれたかのように創造性を発揮しているのです。
また他の研究では即興演奏中の演奏者はフロー状態(ゾーン)に入っているとも報告されています。
このような結果を見ると、即興演奏は本当に即興であると断言したくなります。
しかし既存の即興演奏の研究は主に西洋音楽を対象にして音的要素や演奏者の脳活動などが主な分析対象となっており、人間的な身体的要素の影響については十分に解明が進んでいません。
そこで神戸大学の谷准教授はイランで行われている即興演奏を観察し、新たな知見を得ようと試みました。
(※谷准教授は、イラン音楽の研究者のみならず、ピアノの祖先とも言われるサントゥールという伝統楽器の演奏者でもあります)
その結果、即興演奏は共有されている音楽的な「決まり文句」を演奏の瞬間に「思い出し」たり「言い換える」ことによって成り立っていること、またペルシア語の朗誦(ろうしょう)リズムにも大きく影響を受けていることが判明しました。
演奏家たちは日々の演奏を行うなかで、仲間との間で自然とお決まりのパターンを共有し、それを場面にあわせて継ぎはぎしていたわけです。
また研究では「音楽を音を中心に考える」だけではなく、それを鳴らしている身体にも着目しました。
すると即興音楽は音の要素だけではなく、ある種の「手癖」にも導かれていることが明らかになりました。
またその「手癖」の現れ方は、楽器の種類によっても大きな差異がみられることがわかりました。
つまり演奏する楽器が違えば、手指や身体の使い方も異なり、必然的に即興演奏の自由度にも質的な差が出ることになります。
もし即興音楽がこれまでの知見のように、音的な要素に支配されているならば、ピアノで奏でるときもフルートで奏でるときも同じ旋律を奏でるはずですが、身体的な制約や手癖の存在のせいで、同じにはならないわけです。