ただ、近年、大木毅氏が指摘するように、日独伊三国同盟締結に反対した海軍次官時代と異なり、部隊を指揮する連合艦隊司令長官の職に就いている以上、職掌外の業務である政治に介入することはできない、というのが山本の考えだったと思われる(大木毅『「太平洋の巨鷲」山本五十六』角川新書、2021年)。

対米戦をやるかやらないかという判断は、政治の領域に存する。政府が対米戦に向けて動いているなか、自身が対米戦に反対の意見を抱いているからといって、戦争準備と指揮の責任を放棄することは、軍人として到底許されない。

とくに海軍には、軍人は政治に口を出さず、己の職分を全うすべきという価値観が支配的であり、山本はこの伝統に忠実であった。山本を過度に賛美するでもなく、必要以上に貶めるでもなく、等身大の実像を明らかにすることが求められる。