さらに、航空機により戦艦を沈めることができると知ったアメリカは、航空主兵に転換した。日米の工業生産力には大差があり、アメリカが航空兵力を整備し航空戦を挑んでくるようになると、日本の航空兵力はたちまち消耗して、1年後にはほぼ無力になってしまった。
これらの批判は、たしかに的を射ている。けれども軍令部が本来考えていた漸減邀撃作戦のほうが勝算ありという生出らの主張は、どうであろうか。
日本海軍が対米戦の基本方針としてきた漸減邀撃作戦とは、太平洋を西進する米太平洋艦隊を潜水艦や航空隊によって少しずつ撃破し、彼我の戦力が拮抗、できれば日本優位になったところで、日本近海において艦隊決戦を行なうというものである。
しかし山本は、漸減邀撃作戦は机上の空論であり、これに固執することは危険であると説く。「作戦方針に関する従来の研究は是亦正常堂々たる邀撃主作戦を対象とするものなり。而して屢次図演等の示す結果を観るに帝国海軍は未だ一回の大勝を得たることなく」、すなわち、図上演習などのシミュレーションを何度行なっても日本側が大勝したことはない、というのである(「戦備訓練作戦方針等ノ件覚」)。
さらに、そもそも米太平洋艦隊が日本側の注文どおりに動いてくれて、主力同士の艦隊決戦が実現するかどうかも不透明である。山本は「(前略)実際問題として日米英開戦の場合を考察するに全艦隊を以てする接敵、展開、砲魚雷戦、全軍突撃等の華々しき場面は戦争の全期を通じ遂に実現の機会を見ざる場合等をも生ずべく(後略)」と述べ、全軍激突しての艦隊決戦が起こらない可能性を指摘している。
さらに言えば、軍令部が練り上げてきた漸減邀撃作戦は、アメリカ1国と戦うことを前提にしていた。だが現実には、日本はアメリカのみならず、イギリスやオランダをも敵に回したため、連合艦隊は米太平洋艦隊との戦いに全力を注ぐことはできなくなった。