リアリストの提言
それでは、リベラルに異議を唱えるリアリストのロシア・ウクライナ戦争への処方箋は、どのようなものでしょうか。前出のポーゼン氏は、以下のように提言しています。
(西側は)不毛に終わるであろう反攻をウクライナに奨励すべきではない。むしろ、今、交渉の席に向かって動くべきだ…外交は不確実な結果を伴う実験だろう。だが、ウクライナと西欧の勝利の理論も継続された戦闘で試される。この二つの実験の違いは外交が安上がりなことだ…解決の概要は既に見えている。どちらも痛みの伴う妥協をしなければならない。ウクライナは相当な領土を諦める。ロシアは戦場で獲得した一部を諦めて、将来の領土的主張を放棄する必要がある。将来のロシアの攻撃を防ぐために、ウクライナはアメリカの強力な保証とヨーロッパの軍事支援(攻撃ではなく主に防御兵器)が確実に必要だろう。
ここで改めて強調したいことは、マイケル・オハンロン氏(ブルッキングス研究所)が言うように、「自身の運命を決めることはウクライナ次第である。アメリカと同盟国は条件を指図することに携わるべきではない。しかし、そのことは対話を促す作業を排除するわけではない」ということです。
リアリストの解決策は、「ロシアが侵略の手を休める保証はない」とか「ブチャの虐殺の悲劇が再来しかねない」といった理由で、リベラルは拒否します。こうした懸念は十分に理解できますが、ウクライナ軍に武器を与えてロシア軍を敗北させる「勝利の理論」は、さらなる戦争の犠牲者を覚悟した継続する戦闘による厳しい検証を受けることになります。
和戦について最終的な決定権を持つウクライナのゼレンスキー大統領は、「ウクライナは武器が手に入れば領土を解放していくが、同時に一部の領土はおそらく外交的手段で取り戻すだろう、外交的手段の方が犠牲は少ないが時間がかかる」と発言して、戦争の外交的解決に少し前向きな姿勢を見せ始めています。
言論空間におけるリベラルとリアリスト
リベラルが自分たちの主張に対する異論に攻撃的なことは気になります。リベラルは自由主義をモットーとしているので、自由な議論を擁護すべき立場のはずなのですが、宿敵リアリストの言論には我慢ならないようです。
リアリストのロバート・ギルピン氏は論文「リアリストは誰にも愛されない」において、「リベラルな社会は互いに戦争をしない一方、非リベラルな敵には攻撃的である。同様のリベラルの不寛容さは、競合するアイディアの市場でも成り立つのは明らかだ…リベラルの任務は…リベラルのイメージに沿った世界を作ることなのだ…リアリストによってもたらされるような、悪意のある『虚偽』は、彼らが悪さをしないように、消し去られなければならない」と四半世紀前に嘆きました。
残念ながら、このことは現在の国際政治の現実と論壇の両方に、多かれ少なかれ当てはまるようです。
戦争研究者のビアー・ブラウメラー氏(オハイオ州立大学)は「リベラル国際秩序は内部での平和を維持することにおいて、素晴らしい仕事をしてきた。他方、それがほとんど変わらず存続すれば、世界を似たようなものに再形成する手段を武力を含めて使い続けることにますますなりそうだ」と指摘して、おびただしい膨大な犠牲を払った過去の戦争が、異なる国際秩序間もしくは特定の国際秩序とその外部の国家との戦争であることを明らかにしました(, Oxford University Press, 2019, 224ページ)。
前者の代表としては、400万人以上を尊い人命を奪った米ソの「代理戦争」であるヴェトナム戦争などがあります。後者の1つの例は、30万人以上の犠牲者をだしたイラク戦争です。国際秩序を守ることは、それと対立する国家との激しい戦争を時に伴うのです。
ロシア・ウクライナ戦争については、リベラルもリアリストもインターネットなどの言論空間で多種多様な意見を述べています。これにより健全で民主的な議論が促進されそうですが、実際にはそうなっていないようです。
「エコーチェンバー現象」というものがあります。これは同じような意見や価値を信奉する特定の集団が内輪でコミュニケーションを繰り返することにより、それが強化されると共に人々の視野が狭まっていくことです。
この現象の恐ろしいところは、特定の信条を持つ集団の人たちが、十分な証拠や裏づけがある反対意見に接すると、以前にもまして自分たちの意見を極端に信じるようになることです。そして、異なる意見を唱える人々を徹底的に攻撃したり誹謗中傷したりします(マシュー・サイド『多様性の科学』ディスカバー・トゥエンティワン、2021年)。
ロシア・ウクライナ戦争に関するリベラルの通説に真っ向から異議を唱えたミアシャイマー氏が、「ロシアはアメリカのディープステートの策略に引っかかって侵略をさせられた」という陰謀を擁護する怪しからん学者と断罪され、「親ロシア派」のレッテルを貼られて誹謗中傷されました。これはミアシャイマー氏の信用を貶めようとする、エコーチェンバー内部からの典型的な攻撃でしょう。
こうした攻撃に対して、かれは「私の意見が嫌いな人がいても構わないし、反論も大いに結構…大切なのは、一般的な世論とは異なる意見を表明したときに、それが尊重されることなのです」と懐の深い姿勢を見せています。
国際政治の学術や政策論を発展させる原動力が、その多様性にあることには、ほとんどの研究者は異議を唱えないでしょう。もし国際政治学界において、エコーチェンバー現象が起こっているならば、これは由々しきことであると、わたしは思います。
編集部より:この記事は「野口和彦(県女)のブログへようこそ」2022年7月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は「野口和彦(県女)のブログへようこそ」をご覧ください。
文・野口 和彦/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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